【感想文】ルーズヴェルト・ゲーム
<ストーリー(ネット抜粋)>
中堅電子部品メーカー青島製作所は世界的な不況とライバル企業ミツワ電器(ドラマではイツワ電器・以下同)の攻勢を受け、経営は青息吐息の状態であった。そのような青島製作所の苦境の象徴が、青島製作所の野球部であった。社会人野球の強豪チームとして名をはせたかつての栄光は既に失われ、ライバルのミツワ電器野球部の後塵を拝し、対外試合ではほとんど勝ちをおさめられない状態まで野球部は落ちぶれていたのである。さらに野球部監督の村野三郎が主力二選手を引き抜いて、ライバルのミツワ電器野球部に寝返るという事件まで起こり、青島製作所の役員会では野球部廃止の声まであがる始末であった。
野球部部長をつとめる、三上文夫総務部長は野球部存続のために奔走する一方、知人の日本野球連盟の理事に後任監督の推薦を依頼する。やがて、その理事から後任監督として、かつて新設高校で野球部監督をつとめていた大道雅臣が推薦される。大道は監督に就任するや、大胆な選手の入れ替えやポジションの変更をおこなう。大道のやり方にベテラン選手たちは不満の声をあげるが、大道は膨大なデータを駆使して理路整然と反論し、選手たちを心服させる。
しかし、大道の野球部再建はいきなり挫折を味わうこととなる。投手の萬田智彦が肘を故障し、野球部を退部し、青島製作所も退職することになってしまったのである。後任の投手を探す大道の目にとまったのが、製造部の契約社員沖原和也だった。沖原は製造部と野球部のエキシビションゲームに代理投手として登板し、見事な豪速球を披露したからである。しかし、沖原には高校時代、将来を嘱望されながら、先輩部員にいびられ続け、母親までも侮辱されたことに腹をたてて先輩部員を殴ったという事情があったにもかかわらず、責任を一身に負わされて野球部から放逐されたという暗い過去があった。
一方、青島製作所の細川充社長は大口取引先のジャパニクス社から大幅な生産調整と単価切り下げを通告され、窮地に陥っていた。さらにそんな細川の苦境を見透かすようにジャパニクス社社長の諸田清文はミツワ電器の坂東昌彦社長とともに、青島製作所とミツワ電器の合併を勧めてくる。規模の大きいミツワ電器と合併すれば、当座の苦境は乗り越えられるが、合併後、青島製作所のほとんどの社員は新会社からリストラされるのは間違いない…苦悩の末に細川がたどり着いた結論とは?そして、青島製作所野球部は再建されるのか?
<ルーズヴェルト・ゲームの意味>
「点を取られたら取り返し、8対7で決着する試合」を意味し、野球
を愛した第32代アメリカ合衆国大統領
フランクリン・ルーズベルト
が1937年
1月に、ニューヨーク・タイムズ
の記者に宛てた、野球記者協会から招待されたディナーを欠席することを詫びた手紙の末尾に記された「一番おもしろいゲームスコアは、8対7だ」という言葉に由来する
<感想文>
過去、社会人野球チームが多く存在し、バブル崩壊とともに企業の経営危機の為チーム数が激減したのを知っているだけに、その中での「存続させたい想い」「企業としての一体感」はとても熱く心の中に残っている。近年でも多くの大手企業が野球部を廃止している傾向にある。以前までは企業イメージ等の為に創設されたんだろうが、今はそんなことはないのだろうか。少し疑問に思う。
そもそも、題名である『ルーズヴェルト・ゲーム』の意味を知らなかった。フランクリン・ルーズヴェルトが、野球を観戦していて一番おもしろいスコアは8-7と言ったそうだ。そこからこのスコアゲームはルーズヴェルト・ゲームと呼ばれているそうだ。「点を取られたら取り返せばいい」。やられたらやり返せということである。少しでも上にいればいいと言うフランクリン・ルーズヴェルトの言葉に重みを感じた。このようにして物事を考えないといけないと改めて思った。自分自身の性格およびよく上司に言われていることをこの本から勉強することができた。
もっともっと前に進まなければいけない。苦境に立ちながらもそれぞれのできることを一生懸命にやる。それが後々成果としてつながる。この本から勉強できた点である。
この本を読んで、感動した点は「一体感」だった。会社を存続させたいという思い・大手に負けていないという自負、この2つの思いがあったからこその結果だったのではないか。
自分も思いを持って、自分自身を信じて最後までやりきらないといけない。