Live, Live and Live -54ページ目

YOSHIKITTY☆バスタオル

Ymでなんとなく申し込んだら、
確定ってなってました。
当選…

当たるとは想ってなかったから、
キョトンとなりました。

どうしよう。

いやいや、…どうもしなくっていいんだけどあせる

よっちゃんはキティちゃんになっても
可愛いなぁドキドキ



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UP to YOU

 

3年程前、慰問ボランティアをされている方のお手伝いで、ある児童自立支援施設へ伺ったことがありました。

児童自立支援施設とは、児童福祉法により 学校・家庭・地域で適応できない児童や環境上の理由により生活指導等を要する児童(18歳未満)を受け入れて、心身の健全な育成と自立の支援をするために設置している児童福祉施設。

その学園は、小学生から高校生までの子どもたちが、家庭を離れ、この学園で生活します。

集団生活や多くの活動体験を通じて、将来、望ましい社会生活を営むことができるように、という方針のもと、広々とした自然環境を生かした運営を行っています。

どんな事情があるのかわからないけれど、子どもが家庭を離れて暮らしていることに とても切なくなりました。

離れたほうがいい環境の子どもも居るのかもしれません。

それでも、離れたくて離れた子なんて、居ないのだろうと想いました。

本当は、すべての子どもが 家族と共に 愛して愛され生きたいはず。

そうあることが本当なんだはず。

とても綺麗で どこか寂しそうな子どもたちの目が、忘れられません。

平凡な幸せな暮らしをできない原因は、その子ばかりではないことを、そして、こういう施設の存在、そこで生活している子どもたちがいることを私たち大人はちゃんと知っていないといけないなと想いました。

 

慰問のお礼にと、子どもたちが歌をプレゼントしてくれました。

可愛くって可愛くって、切なくて、何ともいえない気持ちで、涙がポロポロ。

職員さんも、子どもとしっかり向き合って、見守っていて、とても素敵でした。

彼らが歌ってくれたのは、「はじめの一歩」という歌でした。

 

小さな鳥が うたっているよ

ぼくらに朝が おとずれたよと

きのうとちがう あさひがのぼる

川のながれも かがやいている

はじめの一歩 あしたに一歩

きょうから なにもかもがあたらしい

はじめの一歩 あしたに一歩

勇気をもって 大きく一歩 歩きだせ

信じることを わすれちゃいけない

かならず朝は おとずれるから

ぼくらの夢を なくしちゃいけない

きっといつかは かなうはずだよ

はじめの一歩 あしたに一歩

きょうから なにもかもがあたらしい

はじめの一歩 あしたに一歩

生まれかわって 大きく一歩 歩きだせ

(作詞・新沢としひこ)

 

彼らは教室に戻り、感想文を書くという。

校内を歩いていると、廊下に貼られた詩を見つけました。


Live, Live and Live-なみだ
 

 

なにかにつまずき 失敗をしたとき

辛く悲しい気持ちになったとき

人は「涙」を流します

涙という字は「さんずい」に「戻る」と書きます

もとの元気な自分に戻ろうとつとめるとき

きっと涙が流れるのでしょう

涙を流すことを「さんずい」に「立つ」と書いて

「泣く」と書きます

すべてを水に流して立ち上がる

次への成長を心が誓うとき

きっと涙が流れるのでしょう

涙を流すのは

清らかな水の流れにすべてを流し

自分をかえりみ 立ち上がろうとしている証拠

泣くほど悲しい辛いとき

あなたはきっと成長しているのです

 

どなたの言葉かわからないけれど、とてもすごい安心感を憶え、また涙がポロポロ。

大事なことを学ばせていただいた、忘れられない日。

ボランティアというのは、何かをしたりされたりすることではなく出逢うことなんだな、と感じた場面でした。

人と人の出逢いだけではなく、大事なことに気付くこと、教わることなんだな、と想いました。

 

園長室で先生方とお話して、次へ向かいましたが、

この場面を与えてくれた大事な人に、そしてここで出逢ったすべてに、感謝です。

この出逢いを 自分に活かせるかは自分次第。

どんな環境・状況下でも、どう生きるかは自分次第。

人のせいにするのは簡単。

けど、自分の人生。

自分次第。

   

哀しみ

 

他の人にはわからない心の内を

知ったようにされたくない。

同じように、

人のことを、わかったようにもいたくない。

 

「 他人の幸福をうらやんではいけない。

 なぜならあなたは、

 彼の密かな悲しみを知らないのだから 」

 (ダンデミス)

 

いつも笑っているからって、楽しいだけではない。

目に映る姿が、その人の全てじゃない。

 

幸せも悲しみも、比べあうものじゃない。

 

その人にとっては 心が壊れそうなほどの悲しみで、

その人にとっては とてもとても尊い幸せなんだ。

 

私がとやかく云うことではなく、

誰かにとやかく云われたくもない。

 

ただ ただ 、

しあわせは、喜びたい。

悲しみは、どうかどうか癒えるようにと祈りたい。

 

どんなに捻くれ者の私も、

そうありたいなぁと想う。

 


Live, Live and Live-Angel

 

“ 起こることすべてに意味がある ”

そうは云うけど…  そう 想うけど…

 

それでも、

意味なんていらないから、

学びなんていらないから、

起こらないでいてほしかった悲しみもある。


乗り越えてたまるか!とも想った。

受け入れるものか!

今も。 


どんな慰めの言葉も痛い。


悲しみが癒えるには、時間が掛かる。

何度も、何度も、よみがえる悲しみに溺れ

厭でも現実と向き合わされる中で、

少しずつ、見えてくる。

 

自分が可哀想。

世間は無神経。

自分を省みる。

自分を責める。

自分の痛みを知る。

人の痛みを知る。

生き方が変わる。

長い時間をかけて。

 

幸せも悲しみも、比べあうものじゃない。

 

その人にとっては 心が壊れそうなほどの悲しみで、

その人にとっては とてもとても尊い幸せなんだ ・・・

 

幸せを、誰かに 何かに 求めようとしてた。

けど、 幸せは、自分で気付くもの。

幸せは、自分の中にしかない。

自分の心でしか生み出せない。

 

幸せは、悲しみにも巻かれない。

忘れさえしなければ、

気付きさえすれば、

いつも、ここにある。

 

愛は、哀しみをこえるんだ。


どうか、やさしく やさしく

あなたの哀しみが、癒えますように。