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message


震災から、2ヶ月半が経とうとしています。

依然、安否のわからない、行方のわからない方がいます。

どうか、無事でいてと願います。

どうかどうか、愛する人の元に帰れますように。

 

日テレの動画サイトで、としさんのメッセージが見れます。

http://www.dai2ntv.jp/player/index.html?item_id=NN1104050043

 


Live, Live and Live-日テレ2
 


Live, Live and Live-日テレ1

 

時々うつむき、言葉を紡ぎ、

時々唇をかんで、こらえるように、

そして精いっぱいに、微笑んで、

お話しされています。

 

「 X JAPANのToshIです。

 みなさん・・・一日も早く、復興すること、

 本当に、心から願っています。

 自分ができることは、歌をうたって、

 音楽を通して、何か本当に少しでも力になれればと

 いうふうに想っています。

 そしてコンサートを、やっていこうと想っています。

 また、みなさまのもとに伺いたいとも想っています。

 いつも、そんな想いだけは、みなさまのもとに・・・

 みなさまと共に在ると、いうふうに

 想っていただければというふうに想っています。

 また、元気に、お逢いしたいと想います。 」

 

 

 

素晴らしいなっておもいます。

本当に、すごい人です。

 

被災地が落ち着いてきたら、

各所でコンサートもされるのだと想います。

寄付金もだけれど、

きっと避難所にもギター抱えて歌いに行くんだろうな。

 

薬害エイズのことに携わっていた時、

阪神淡路大震災の時、

いろんな場面で

としさんはアコギ抱えて

Say AnythingやTearsを歌っていました。

 

いろんなことがあったけど、

復帰後はコンサートに岩崎さんのお母様からお花が来ていたり、

この動画も あれだけ揉めた日本テレビだし、

少しずつでも、いろんなことが解決していってるんだなと

伝わってきます。

相当キツかっただろうな。

 

協力してくれる人や応援してくれる人がいるのは、

やっぱりとしさんの本質みたいなところが

伝わるからだと想います。

やさしくって、真面目。

まだまだ抱えるトラブルもあるだろうけれど

どうかもう、としさんを苦しめるすべてが

消えてなくなってほしい。

 

 

としさんの歌が、どこまでも届いていきますように。

 

 

 



fukuoka


半月が経とうとしています。

 

4月30日、ホテル日航福岡で行われた

ToshI 東日本大震災復興チャリティコンサートに参加させてもらいました。

 

 


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飛行機の中で、ずっと としさんのお歌を聴いてた。

オーディオのついていない機内。

松山-福岡は近いから、高度はそう高くない。

ゆらゆらがたがた揺れながら、

着実に近づいてく。

 

イヤフォンで 「愛する人よ」 聴いてたら、

世界中にとしさんの歌がなっていて

周りのみんなが「愛する人よ」の流れる中で動いてるような錯覚に陥る。

 

世界中が満ちていくような気がしてしまった。

 

しあわせな錯覚だった。

 

 

 

緊張、緊張、緊張。

 

 

もう、ずっと緊張していて、

大変な1日でした。

 

 

 

緊張で

目に見えるほど体が震えたのは久し振りの感覚。

懐かしい感覚。

 

 

 

コンサートが終わって、動かなくていいようにと

ホテルも日航を取ったのだけど、

近くのコンビニで缶ビールを買っていたら

なんだか打ち上げをしておきたくなって、

結局、雨の中タクシーで中洲へ。

 

ビアと芋を頂いて

1時間ほどで戻ったのだけど、

部屋へ戻っても、

緊張と後悔と治まらない気持ちが

ぐるぐる・・・

部屋で泣けてちょっとすっきり。

で、寝付くことも出来ず、

部屋飲み。

 

ビールよ、ありがとう。

 

頂きながら、今聴いたら落ち着けるだろう人の曲も浮かぶのに

結局ずっととしさんの声を聴いてた。

よっちゃんの創った楽曲を歌うとしさんの声は安心した。

愛する人を想って創ったとしさんの曲はホッとした。

 


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翌日も、ぐだぐだで、

大好きな人と美味しいもの食べて、

ものすごく有難かった。

 

一人で帰る道中は、やっぱり泣いてしまうけど、

なんだか、もっと強くならないといけないって想って、

変に力が入った。

 

 

 

まったくレポじゃないので

コンサートでのことをなにか・・・

 

よっちゃんとのお電話タイムでは

あまりに可愛いよっちゃんの「よしきで~す」を真似した

としさんの「よしきで~す」がまたまた可愛かったです。

電話が遠いのを

「ちょっと電波が悪いんですね、(よっちゃんが)酔っ払ってるわけではありません」

と言っていたとしさんですが、

実は、イヤフォンのマイクに気付いていなくって、

スタッフに指摘されてマイクを口元に近づけて話してみたら

 

としさん 「これで聴こえる?」

よっちゃん 「あっ聴こえる!」

 

で、謝罪するとしさんが可愛かったです。

 

 

よっちゃんからの福岡の方へのメッセージは

 

よっちゃん 「めんたいこたべたい」

 

 

あとは、よっちゃんが「(福岡ドームに)来たいね」って言って、

としさんが「来ますか!みんなで!」って言ってました。

 

 

来れても来れなくっても、

いつもそうだけど

来たい、行きたい、って想ってくれることだけで嬉しい。

 

 

そして、

「みんなで力を合わせてがんばっていきましょう」

と、よっちゃん。

 

 

よっちゃん、ありがとう。。。

 

としさん、ありがとうございました。

 

 


What can I do … ?

 

 

東日本大震災で、命を落とされた方・・・
被害に遭われた方・・・ 大切な人を失ってしまった方・・・

大切な存在を失ってしまった方・・・

心からの想いも、言葉に出来ません。

それでもどうか、心の中にある愛しみは

いつまでも生き続けて、そばにあることを希望に、と

そう想っています。

 

哀しみの中で、愛する家族のなきがらすらも探しに行けず、

みんなのために、働いている方・・・

きっとご家族もあなたを誇りに想っていると、そうおもいます。

 

愛する人を、前触れもなく、失うことが

どんなに哀しいことか・・・

目を瞑ると、蘇ります。

 

 

命を落とされた、お一人お一人の

御冥福をお祈りいたします。
 
 

としさんが、チャリティコンサートツアーをされます。

自分のご褒美のためにはとしさんに逢う事がなかなかできませんが、

このコンサートには、行こうって想いました。

私は、福岡公演に参加します。

 

としさんが被災地のみなさまのことを

どんなに想っているか。

今までも、としさんから、災害や薬害、公害病、環境などについて

考える気付きの機会を与えてもらってきました。

 

 

1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災で、

その後にあったソロツアー「GRACE」では、

地震後に歌詞を書き変えた楽曲「Dear My Friends」を歌う前に

災害のことに触れ、日常の大切さ、感謝すること を伝えてくれました。

 

 

“ この曲の詩を書き始めてから数日間、何度書き直してもしっくりとこない、

 そんな日々が続いていました。

 そこへ届いたショッキングなニュース。

 ロスのレコーディングスタジオのTVに映しだされたのは、

 瓦礫と化した神戸の街の映像でした。

 レコーディングを続ける気にもなれず、重い心と共にベッドにもぐり込みました。

 僕に何ができるのか? 僕は何故ここに生かされているのか?

 僕がこうして、音楽を生み出し、歌うことができる意味、役割、重みそして喜び。

 様々なことを考えさせられ、気付かされた出来事でした。”

 

 ( アルバム「Toshi Live is Best」ブックレットより )

 

 

 

その後、1996年のPassion of Love TOUR中の8月31日、

千葉県松戸市にて「災害死亡者ゼロを目指して!地震FOR 東海林&Toshi」

というイベントが行われました。

東海林のり子さんとToshiさん、そしてフジテレビアナウンサーの笠井さんとで

地震について、災害について、自分のすべきことについて、

トークディスカッションとLiveを通して考えていきました。

 

 
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1997年7月1日に発売されたエッセイ「碧い宇宙の旅人」には

第一章に、「二つの大地震」というタイトルのお話があります。

この二つの大地震とは、

1994年1月17日に起こったロサンゼルスノースリッジ大地震と

そのちょうど1年後1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災です。

自分の拠点地である二つの国で、共に被災地に居なかったことに

きっと何か余計に深く重く想うことがあったのだろうと 想います。

 
 

“クルマはサンタモニカフリーウェイから、

ロサンザルスを南北に貫くサンディエゴフリーウェイ四〇五号線を南へと向かう頃、

「今朝の地震は凄かったですね」

 と運転手がオーバーなアクションを交えて聞いてきました。

この二日間連続で、震度三か四くらいの地震がたて続けにあったのです。

「さっきラジオで言っていましたけど、

これは九四年のロサンゼルス・ノースリッジ大地震の余震だそうですよ。

まだ続いているのですよね。あのときは、どうしていましたか?」

 その問い掛けに、記憶のページがフーッとめくられました。

 当時、僕は日本にいました。

ロサンゼルスに戻ったのは、震災から二週間余りが過ぎた頃のことでした。

その頃、スタジオシティという街の丘の中腹に、

少し古びた小さめの一軒家を借りていました。

室内には、家主のコレクションがたくさん飾られ、

リビングルームには無数の絵画が並んでいました。

 ところが震災後、家へ戻ってみると、様相はガラリと一変していたのです。

気に入っていた室内の雰囲気とはまるで違って、表情を失った壁ばかりでした。

 現地スタッフがある程度、部屋を片づけておいてくれたので、

震災直後の惨状は見ることはなかったのですが、

聞いたところによれば、壁に掛けられていた絵画はすべて落下し、

ガラスの破片やフレーム類が散乱して、

足の踏み場もなかったほどだったといいます。

唯一残っていたのは、日本から運んできた大好きな絵画だけでした。

それは飾ったときのまま、暖炉側の壁にポツンと掛かっていました。

 僕をゾッとさせたのは、ベッドルームでした。

いつも使用しているベッドの真上の照明器具が、ちょうど枕元に落下して、

電球が粉々に砕け散っていたのだそうです。

もし、そのとき、僕が寝ていたら・・・・・・。

 震災の爪痕は、目の前の家を見てもわかりました。

三軒先ほど先に建てられていた家は、玄関を残してすべて崩壊し、

犠牲者も出していたのです。

そのあまりの壮絶さに、ショックで言葉もないほどでした。

 それからちょうど丸一年後、今度は日本で阪神大震災が起こったのです。

そのときは、ロサンゼルスで、

ソロアルバム『GRACE』のレコーディングの最中でした。

スタジオのラウンジにあるテレビのCNNチャンネルから流れてきた映像は、

身が凍るほどに衝撃的なものでした。

 このようなことは、映画のなかのフィクションであったり、

たとえ事実であっても遠い昔の出来事のように思えていただけに、

そのリアルなカラー映像は「いま起こっている現実」として、

深く心に突き刺さってきたのです。

 レコーディングを続ける気にもなれず、

スタジオから逃げるようにして外へ出ました。

締めつけられるような思いを胸に、家へ戻るとそのままベッドにもぐり込み、

慟哭のなかでときを過ごしたのです。

 一年前と同じ日、ほとんど同時刻に起こった悲劇。

けっして偶然とは片づけられない重い何かがあるような気がしてなりませんでした。

 いまの自分に、何が出来るのだろうか・・・・・・。

 ここでいまこうして生きている、いや、生かされている意味、

そして役割とは何なのだろうか。

答えの見えない“存在理由”を問い続け、

まるで迷路のなかを彷徨っているようでした。

夜も白々と明け始めた頃、

這うようにしてベッドから抜け出した僕は、机に向かってペンを握っていました。

 

 

『 Dear My Friend 』

 

望みなき暗闇に佇み

手を伸ばした 眠れぬ夢の中

ほつれたままの 明日の切れ端

探ってみても 届かぬ指先

 

激しすぎた 突然の冬の嵐

瞳の奥 消えない傷を刻んだ

 

それぞれの小さな星に

それぞれの思い 問い続けてる WOW

 

Don't cry my dear friends

悲しみは深く 今も心を締めつけても

時間が役割果たすように

歩き始めたなら

You can find your way once more

 

風を越えて 映し出されたのは

青い地球の 真っ赤な messege

必然と愚かさの tragedy

見つめたまま 何を感じたの?

 

忘れられない 胸に突き刺さる痛み

ドラマ凌ぐ ノンフィクションは現実

 

さまざまに移り変わる

さまざまな思い どこまで響く? WOW

 

Don't cry my dear friends

苦しみの中で、もがき嘆き続けていても

太陽が朝を運ぶように

信じ始めたなら

You can find your dreams

 

Don't cry my dear friends

未来へと続く 涙 無駄には出来ないから

君が存在している事を

愛し始めたなら

You can find your love

 

What can I do for you ?

What can I do for me ?

 

We need your love ・・・・・・

I'll give my love ・・・・・・ ”

 

 

( Toshi エッセイ 「碧い宇宙の旅人」より )

 

 

このエッセイの中には、この度の震災の被災地でもある

岩手県山田町の写真が載っています。

 

 
Live, Live and Live-yamada-book
 

 

1996年8月13日、Passion of Love Tourで訪れた

マリンパーク山田でのLiveです。

 

私はこの前日、お姉ちゃんと池袋のホテルに居ました。

岩手は遠い・・・。

このツアーを廻る中、高校生の私は

この岩手でのLiveを断念していたのでした。

しかし、夕方になって、うずうずとしてきて

「やっぱ行ってくる!」とお姉ちゃんに言い残し

ホテルを後にし、上野発の電車に乗りました。

交通費も厳しい高校生です。

普通料金で乗れる電車にだけ乗ります。

夕方の帰宅ラッシュに出発して、とりあえず行けるところまで。

福島県いわき市で野宿。宿泊費の余裕なんてありません。

そして始発電車に乗って岩手へ。

この震災で復旧断念かと言われている三陸鉄道。

美しい(・・・けど景色が変わらない) 三陸に感動しながら

初めての岩手県。それが、山田町です。

 

 
Live, Live and Live-yamada-map
 

 

速い電車に乗って先に到着している仲間の顔を見つけて

とても安心したのを憶えています。

 

Liveでは、としさんが マリンパーク山田の敷地にある「鯨と海の科学館」で

深海魚を見てきたとかで、

深海魚のモノマネをしていたのが本当に可愛くって面白かったです。

そして 「ヤマダーーー!!ヤマダーーー!俺はデヤマだーーー!!!」

と煽り叫びました。

これにもみんなで大爆笑。昔からおちゃめですね。

その後、あらゆる会場でこの「俺は出山だ」シャウトは続きました。

別バージョンとしては、「越谷~!越谷~!俺はトシがや~!」。

仕舞には全く被っていない地名でも言っていました。

とても気に入ってたんでしょうね。言っていてとっても嬉しそうでした。

 

その時はライブだけで精一杯、観光もできず、

唯一、三陸を見ることができたのと、マリンパーク山田に訪れたことが

岩手の想い出です。

なので、とても良い想い出です。

壊滅してしまった三陸鉄道が復旧するにはおよそ100億円掛かるそうで

自社の力ではもう元には戻せないかもしれないというNEWSを見ました。

あの美しい景色を見られる素晴らしい鉄道、

地元の方々の大事な足である鉄道が

どうかどうか 復旧出来ますように。

 

 
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先月の頭、丁度地震の数日前、

この三陸地区から松山へ遊びにいらしていたお客さまと

話す機会がありました。

まさか三陸に来たことがあるとは!と、とても喜んでくださいました。

「わんこそば送るからね!楽しみにしていてね!」と言って下さって

私の連絡先はお知らせしたのだけれど、

「もらってくれたらいいの。逆に気を使わせたくないから。」

そう言って、お客様の連絡先は伝えてもらえませんでした。

優しくって、あったかくって、人情深い方々でした。

そうだ、ライブのスタッフさんも優しかったな。

スタッフのみなさんも、集まったお客さんたちも、

無事なのでしょうか・・・ お元気なのでしょうか。

あのお客様たちは、無事で居るのでしょうか・・・。

考えると、苦しいです。

 

ありがとう。

それしかありません。

 

 

としさんは、過去10年、365日休むことなく歌をうたいながら

全国を旅していました。

行ったことのない市町村なんてないほどに細かく。

メジャーを辞めてからのその活動を支えてくださった

全国各地の方々へ・・・ ファンの方々へ・・・

被災地の方々へ・・・

すべての 心に深く傷を負った方々へ向けて

すぐにアクションを起こしていました。

 

ToshI 武士JAPAN OFFICIAL web site

http://toshi-samuraijapan.com/infomation/info22.html

 

としさん、よっちゃんの想い、

そして、ヴァイオリニストの坂本久仁雄さん、士田昌枝さんのご協力を得て

ゲスト参加される ひーちゃん、真矢さんのお力を得て

被災された方々の哀しみが、孤独が、

絶望にならないように、

きっと必ず 生きる希望につながるように、

私も心から願い、参加させていただきます。

1箇所ではありますが、少しでも、力になれますように。

何が出来るかゆっくり考えてる時間はないんですよね。

私も、出来ることからやっていきます。

 

世界中の人々が、日本のために力を尽くしてくれている姿に

危険も顧みず動いて下さっている姿に

何度も胸が熱くなりました。

過ちを未だ隠そうとしている人たちに

同じ日本人として、自分を恥ずかしく想います。

一人では本当に無力に感じるけれど、

一歩動けば、みんなが集まってくれて

力を合わせてくれて

強い力になること、

今また、としさんに教えてもらっています。

実際、カトリーナの災害の時にイベントをさせてもらって、

たくさんの方々のあったかさを感じました。

国も、レイスも、関係ない。

大変な時には支え合う。

何よりもそんな本来の心が、

被災された方の希望になり、一人じゃないって想えるんだ、と。

絶対、見棄てられたなんて想わせない。

 

としさんのあったかい歌が、早く被災地の方々へ届きますように。

 

一人でも多く、少しでも早く、

愛する人のもとに還れますように・・・。

 

助かった命が、正しく守られますように・・・。