「由香~もう出るぞ~」

チャイムを押したのは俺の隣の家は幼馴染の由香の家。

小学生からの腐れ縁。

由香は中学の頃まで伸ばしてた髪を高校に入ってバッサリと切った。

 

「ショートのが私らしいでしょ?どう?どう?」

と、詰め寄られたことあるけど何て答えたかは忘れた。

 

天然の栗色の髪。

一重だけどまんまるな目。

ニヤニヤ笑って俺を小ばかにする時もあるぷっくりとした唇。

173cmの俺の身長に頭が届くか位の小動物系。

 

まあ、人並みにかわいい系ではあるか。口うるさいけど。

 

そんな彼女が「ごめーん!待たせた!」

と、玄関のドアを開けて鍵をかけ、俺の隣に自然に並んだ。

 

高校までは徒歩で15分。由香は僕より成績が良かったから、

なぜこの高校にしたのかよく分からない。

一度その理由を尋ねたことがあるが、

「近いし活気もあるからさ~」

 

とのことだった。

 

高校までの道の途中。

由香が俺を見上げ話しかけてくる。

 

「あ、健也、目ヤニついてる」

「え?右?左?」

「もう、全然取れてないよー右、右」

由香のハンカチで強引にガシガシと右目を擦られた。

 

「はい、オッケー」

「力加減を知れよ、いたた…」

「キレイになったんだからいいでしょ。この慌て者」

「うるせ」

 

こんな俺らだが、別に付き合っているわけじゃない。

もうこんなやり取りが染みついてしまっているだけだ。

…と、由香も思ってると思ってる。

 

中学の時はよくからかわれた。

男子達に「お前ら仲いいなぁ~付き合ってんの?」

「キスとかもうしてんのか~?」とか。

 

そんな時俺は激高して「んなわけないだろ!」と言いながら、

机を「ガンっ」と蹴ったりして威嚇した。

それが功を奏してそいつらは黙った。

由香は終始下を向いてうつむいたままだった。

 

…まあ、そんなこんなで今の俺らがいるわけだ。

高校2年になってからはクラスも一緒。

1年の時は別のクラスだった。

 

2年のクラス分け表を見た由香は、すごく騒々しかった。

「ね!健也!一緒のクラスだよ!やったー!」

と、僕の左腕の制服を引っ張った。

「ああ、うるさくなるな」

そんなことを言った俺に由香は肘鉄を俺の腹に食らわせた。

 

「あんたの世話係が出来たんだからい~じゃない」

ふん、と鼻息を荒くした由香は腕を組んでそう言った。

「ああ。はいはい。ありがとーございます」

と俺は答えておいた。

 

そんな邂逅と由香のおしゃべりで気づいたら足は学校へと届いていた。

 

「じゃあ、また放課後ねー」

と言って、由香は下駄箱から離れていった。

 

さすがに一緒に教室まで行くのは気が引けるらしい。

まあ俺もそうなんで、助かるんだけど。

 

クラスに向かう途中で思った。

あ、今日文化祭実行委員を決める日だったな、と。

俺はお祭りごとが好きなのでちょっと興味があった。

 

「HR始めるぞー」

と言う担任の声。

クラス委員長がそれに合わせ教壇に立った。

 

「えー、皆も知っての通り今日は文化祭実行委員を決めます」

「希望者は挙手してください。男女合わせて2名です」

 

ざわざわ…

教室は騒がしくなった。

 

そんな中、伊藤さんという女生徒が「はい!」と挙手した。

 

伊藤さんと言うのは、ロングヘアーで男女ともに優しくする。

それに加えて英国人のように鼻が高い。スタイルがいい。二重瞼も好印象だ。

クラスで一番目立っている子だった。

 

「おおー」とクラスから声が上がり、俺は決意した。

 

伊藤さんと仲良くなれるチャンスじゃね…?と。

 

気づいたら俺は「はい!」と言いながら右手を挙げていた。

もともと興味あったし。あ、実行委員にもね。

 

「…他に立候補者はいませんか?いなければこの2人で」

クラスに拍手が沸いた。

 

うおお。伊藤さんと2人で委員やるんだ。

 

なんか実感の沸かないまま、HRは終わった。

 

授業を終えて帰る。

 

「おい、由香。帰るぞ」

と彼女の机に向かい、いつも通りそう言う。

由香は立ち上がらなかった。

「どうした?具合でも悪いのか?」

由香は答えた。

「今日は健也一人で帰って」

 

機嫌悪いのか…?

よく分からないけどそうすることにした。

 

「ああ…じゃあな」

まあそういう気分の時もあるだろう…あったっけ?

不思議に思いながら帰路についた。

 

翌日から。

放課後文化祭実行委員が各学年集まって、文化祭について話し合うことになった。

 

「そういう訳で一緒に帰れないや」

という俺の言葉に由香は答えた。

「仕事なんだからしょうがないでしょ。頑張って」

 

でもその「頑張って」に心がこもってない気がした。

俺はなんだか癪に障り、由香が教室を出ていく時に、

近くにあった机の脚を蹴った。

 

伊藤さんはハキハキとしてて堂々と意見を言う。

委員会ではすぐ欠かせない存在になった。

一方俺はそれに賛同するくらいで、

贔屓目に見ても上手くやれてなかった。

 

会が終わった後。

「ふうー。桜井くん、今日もお疲れ様」

桜井は俺の苗字だ。

「いやー、伊藤さんこそ。でも今日もそつなかったね」

 

「いやいや。桜井くんがいるだけで心強いよ」

俺は少し照れて、

「いやいや。何もやれてないよ」

 

「いやいやの応酬だね」

ふふっと伊藤さんは笑った。

俺は頭を掻いた。

 

そんな日々が続いた。

そんな日々が続くと、伊藤さんとの距離は近づき、

由香とは距離が離れていった。

 

伊藤さんと教室で喋る。

廊下で文化祭のサプライズ企画について内緒話する。

 

俺は伊藤さんに好意を持ち出していた。

 

ある日、実行委員会がない日、

「よう由香。今日一緒に帰んねーか?実行委員会ないんだ」

と、由香に話しかけた。

 

由香は俯いてこう答えた。

「イヤ。伊藤さんと帰れば?」

 

面食らった。

「何言ってんだよ。あの子と一緒に帰れる訳ないだろ」

由香は表情を歪めて、

「じゃあ私はなんなの!軽い女だって思ってんの?」

と、大きめの声で言った。

 

少しびびった。

「いや、軽いとかそんなんじゃないじゃん…」

そう俺が言い終える前にサッと由香は帰ってしまった。

 

それから、朝も一緒に登校しなくなった。

由香んちのチャイムを鳴らしても̪シカト。

 

そんな日が何日も続いた。

何だかモヤモヤした気分でいた。

 

ある日、やっぱり機嫌の悪い由香に話しかけた。

「最近どーよ。元気ないな」

「そう?気のせいじゃない?ほっといて」

「ほっておける訳ないだろ…」

由香はやっと顔を上げ、「なんで…?」と俺に尋ねた。

 

「そりゃあ決まってるだろ…だって」

 

その時、偶然にも伊藤さんが俺に話しかけてきた。

「桜井君。今日の委員会についてなんだけど…」

 

由香はガラッと椅子を乱暴な音を立てて席を立ち、教室から出ていった。

俺はただ事じゃないことを感じて、

「ごめん伊藤さん!その話は後で!」

と、言って由香を追いかけた。

 

由香にはすぐ追いついた。

階段の踊り場に息をつきながら両ひざに手をついて呼吸していた。

 

「由香…」

「…」

「由香、どうしたんだよ」

「…っ、話しかけないでよ!伊藤さんと仲良く…仲良くしてるくせに」

「それは委員会だからであって…」

 

しばらくの沈黙の後。由香は息を整えて。

「伊藤さんのこと、好きなんでしょ?」

と、極めて冷淡に放った。

「い、いや…いい子だとは思うけど」

 

「健也のバカ!」

振り向いてそう俺をなじった由香。

「あいつはね、表面上取り作ってるだけなんだよ!」

「裏では陰口ばかり!ひどい奴なんだよ!」

 

「私はね…!」

由香の目から雫がポタポタと地面に落ちる。

「わたしっ…はね!」

 

「ずーっと小さいころから健也が好きだった!すーっと健也だけを見てた!」

肩を振るわせながら告白する。

「知ってるの!誰より、健也のこと!良いとこも悪いとこも!」

「だから!あんな汚い女に騙されてほしくない!」

ひっく、ひっくと泣きじゃくった。

 

俺はたじろぎもせず、由香の頭を撫でた。

「ごめんな…気づかなくて。何もかも鈍い男で」

そうだよぉ…と由香は言い、ハンカチで涙を拭った。

 

そうしてまたこう言った。

「健也は?健也はどうなの?こんな私のこと、嫌い?」

瞳にはまだ涙が滲んでいた。

 

「嫌いなわけないだろ。ずっと気づかなかっただけだ」

 

「じゃあ、好き…?」

 

「ああ。あったりまえだろ。お前がいないとつまんない」

「なんか理由が納得いかないー!」

 

彼女は一転して笑顔になり、それから、

ポカポカと俺の胸のあたりを拳でたたいて、由香はこう言った。

 

「伊藤とあまり親密になると危険だからね、てゆーか怒るから」

「分かったよ。お前の忠告、守るよ」

 

その次の日から。

「おーい。起きろー早く準備しろー」

チャイムを鳴らし朝のルーティンが始まった。

 

「今行くー!ちょっと待ってー!」と、由香。

ドアを開けて鍵をかけて。

隣りに並ぶ。

 

ちょっと変化があって。

手と手を繋ぐことになった。

 

学校まで歩いて15分。

前にも増して浮かれ気分の由香。

それは俺も変わらない。

 

委員会では、伊藤さんも何かを感じたらしく、

俺にあまり干渉しなくなってきた。

ありがたい。

 

文化祭。

由香と回るつもり。

うちのクラスのお化け屋敷はカップル限定だから、

遠慮なく入れる。

 

最後のキャンプファイヤーはどうしようか。

踊るの?俺たち二人。

 

「ねー、今日は帰りにアイスクリーム屋寄ってこうよー」

と由香。

 

「ああ、わかったよ」

 

と笑いながら答えた俺は、

未来にまで希望を寄せていた。

 

幼馴染の度合いが増した。

これがいつ、いつまでも続けばいいな。

 

ふざけたり、はしゃいだり、怒ったり、笑ったりしながら。

 

夏の日差しは眩しくて、思わず太陽から目を背けた。

隣りの彼女へと。夏の日差しより、優しく眩しい彼女へと。