一時半から診察の時間です。
私が入院してから、どうしたわけか、妹が同じ先生の外来にかかり始めました。不眠が主な理由のようですが…妹は職場の上司に恵まれず、日々不満を抱えながらの仕事のようです。妹は、やはり病院で働き、ケアワーカーをしています。昔で言うところの看護助手です。資格はいらないし、高齢化のこの時代、どこの病院でも引く手あまたの職業です。
私は小学生の頃から看護師になりたくて、それを両親に話していました。妹は昔からミシンを使うのが趣味で、うまかったので、高卒後は一旦は縫製業に就きました。高校から縫製の学校でしたので、卒業時にウェディングドレスを作成したのを覚えてます。しかし、不況の煽りを受けて就職して数年で倒産。その頃、看護師として外科の混合病棟で忙しく働く私の話を聞いてか聞かずか、ケアワーカーの仕事に就きました。両親の中では、国家資格を手にした私のことがとても自慢のようで、妹もそれなりの技術を手にしての仕事なのですが、妹のことはどうでもいいといった感じが溢れていました。食事の時など、今日あったことを聞かれて話すのはいつも私。妹は、小学生の頃から学業が苦手な方で、高校に入ることすら危なかったですから、成績が良かった私が自慢なようでした。妹は、学業に対する努力もしませんでしたので、高校を出たら就職と、我が家の中で自然と決まっていました。お姉ちゃんが専門学校に行ってお金かかったんだから、あんたは就職しなさいと、無言のうちに言われているようなものでした。かわいそうではありますが、将来に対するプランがまるでなかった妹にとっては、縫製を高校で習えてよかったと思います。
妹が職を変えても、両親は気にしませんでした。国家資格をとったお姉ちゃんがいるからです。いつでも、私は頼もしい子で妹はダメ子でした。20代で脳腫瘍を3回も患い、手術をした妹は、頭を切ったせいか、性格がガランと変わりました。わがままにもなりました。そんな妹に両親が手を焼いていたことは事実です。