大切なことを言っているのに

事実を伝えているのに

それを独り言のように扱われたり

聞き流される人の

惨めさや苦しさや悲しさがわかる?


選んだ沈黙で

言いたいことが分かる関係もあるのでしょう。多分それは、今までいろんなことを

一つ一つ丁寧に言葉にしてきたからこその

関係性なのだと思う。

無言の時間の理解は

どれだけ対話を重ねてきたかどうかで。


沈黙の度に

自分の中にある小さな違和感に

気づけなかったり

気づかないふりをしたり

好きという感情で

押し殺して日々を過ごしてしまうと

後々大変なことになってしまう。

今は分かっている。


ワタシには選択権がない関係性と知りながら

それを無言で示す人が

正しいとか間違ってるとかじゃなく

何を執着していたのか。


自分を守る方法に気づかなかったのか。

気づかないふりをする理由があったのか。

好きという感情の方が大きかったのか。


たった1年。隣に居るために

ワタシは何を手放したのか。

たった1年。

たった1年隣に居たために

ワタシが何を失くしたのか。

どれもこれも自分自身の選択。


くだらないなと思う。

自分のバカさ加減に言葉もない。


ワタシには

意味を探したり

意味を理解できることよりも

無意味なものの無意味さに

耐えられる強さが必要だったと

今更気が付いた。