カズさん。
企てのシナリオ通りにならなくてごめんね。
 
あの人が用意していた
ワタシと別れるためのシナリオ。
こちらはシナリオ通りだったと思う。
 
指輪を「外して」とあの人が云って。
ワタシが「いや」と答えた。
 
シナリオ作りのきっかけは
ここがスタートらしいです。
 
ここからはワタシからのコンタクトは拒否で
ひとりでシナリオ作りにあの人は入って。
 
何案あったのか知らないし
結末ありきだったのかも知らない。
 
あの人がシナリオ作りをしている間に
ワタシは妊娠を知りました。
 
一応シナリオにワタシの名前はあるけど
掛かれたト書きは
ワタシとは欠け離れたものだったけど
あの人のストーリーだし
意見を云える立場ではありませんでした。
 
でも、妊娠をしたワタシは
ワタシなりのシナリオを考えていました。
 
それまでなら、とっくにワタシから
別れを告げていた期間を過ぎても
云い出さないワタシに
あの人は焦ったかもしれない。
 
心音が止まって。でもお腹には子供は居て。
灯りの付いたあの人の部屋を見ながら
掛けた電話にも出ては貰えず。
沈黙の理由が分からず疲れてしまって。
 
「会えない?」も「電話してもいい?」にも
拒絶の壁を立てられていたから
ワタシは言葉を探すことにも疲れて
「別れしかないなら従う」とメールしました。
 
すぐに電話がなりました。
あの人のシナリオの一行目は
ワタシからの別れの言葉でした。
 
「カズさんを選んだと思った」
「どんな思いで俺が彼女と別れたと思ってるの」
「俺じゃない人の方がいい」
「いらない。」
 
「別れしかないなら従う」と伝えた途端に
沈黙を破って次々と語られたあの人の言葉に
ワタシは笑うしかなかった。
 
「いらない。」の言葉の選択に
ワタシは返す言葉を見つけられなかった。
 
あの人のシナリオのワタシの台詞には
「分かった。今までありがとう。」
とでも書いてあったのかもしれない。
 
「あの指輪はカズさんから貰ったものじゃない」
事実はもうどうでもよかったようです。
だからシナリオ以外を話すワタシの言葉は
少しも届いてる気がしなかったし
意味はなに一つなかった。
 
「別れしかないなら従う」とメールした時に
それをあの人が否定してくれたら
流産の事を告げようと思っていました。
別れをあの人が望んでいるなら
流産の事は話さないと
決めたつもりだったのに。
 
「また赤ちゃん流れちゃったよ。」
と口にしてしまった。
 
シナリオにない台詞を云ってしまった
三流大根役者のワタシに
あの人の返事はたった一言。
 
「うん。」
 
あの人が描いた別れのストーリーも
ほぼシナリオ通りにだったのに
最後に欲しい台詞が云ってあげられなくて
申し訳なかったかな。
 
でも、ストーリーはシナリオ通りに
完結したのだからいいでしょ。
短いふたりの物語のエピローグは
指輪のフィクションに
一緒に居ることはすぐに迷って黙るのに
離れることは信じてしまうあの人の
冷めた真実の思いが詰まったものでした。
あの人はクラクション鳴らして笑っていたから
シナリオは満足の出来だったのだと思うよ。
 
 
ワタシのシナリオは空白だったのかな。
「いつ?」とか「身体大丈夫?」とか
云って欲しかったのかな。
もう分からないや。
 
カズさん。
企てのシナリオ通りにならなくてごめんね。
 
ワタシがカズさんを選んだと思ったんだって。
あの指輪はカズさんから貰ったんだって。
一度も貰ったことなかったのにね。
カズさんの名前でワタシを黙らせて
伝言を人質みたいに連れ去って
あの人は居なくなりました。
カズさんが考えていたストーリーは
始まってさえもいなかったんだよ。