堕胎の後のあの時

ワタシは絶望のどん底だった。


自分の意思で子供を殺すような人間に

落ちぶれた自分に絶望していた。


だけど。

「いつ電話くれてもいい」と云われ。


この悲しみと

この罪悪感と

安心して向き合おうと。


絶望のどん底で

それでも笑っていられた理由が

ワタシには分かっていたから

絶対に大切にしようと心に誓った。

なのに、結局それも失ってしまった。


人の感情は容易く揺れ動いて

惰性の選択の連続をして

後付けの理由で人生を語る。

目に写るものはみんなまやかしで

確かなものなんてなに一つない。


あの時、ワタシが笑っていられた理由も

ただのまやかしだったと

今は分かっている。