カズさんと出会って1年位経った頃、

ワタシは刺青を彫った。


腰に蝶の刺青。


自分で画を書いて知り合いの人に彫ってもらった。

カズさんではない人に。

彫る事もカズさんには話さずに彫った。


とても忙しく暮らしながらも

落ち着いていたと思います。

だけどワタシは自分の中の黒い雲が

どんどん広がっていくのを感じていました。

でも寝る暇も無いほど忙しい仕事で

考え込まずにやり過ごしていました。


会社の上司の引越しを手伝いに行った時

奥様から赤ちゃんのお守りを頼まれました。


赤ちゃんの扱いに慣れているとはいえないけど、何とか出来るでしょ位で引き受けました。


抱っこして、引越し作業のジャマにならないようにあっちへこっちへ。

いよいよ居場所に困って近くの公園まで散歩したり。

赤ちゃんは終止ご機嫌で問題はなかった。

そして夕方。引越しも粗方終了。

お手伝いの人達が退散する時間。


「すっかりお世話になっちゃって」

奥様がワタシが抱っこしてる赤ちゃんに手を伸ばす。


ここからの記憶はワタシにはありません。

気が付いたらカズさんの車の中で

横になっていました。


「疲れたでしょ?車出します。

家に帰りましょう。」

カズさんはワタシの頬に手を充てて

少し笑った。


「ワタシ どうしたの?」

「きっと、疲れているんですよ。

帰ってゆっくり眠りましょう」


ホントに体が鉛の様に重くて疲れていたから、後は何も聞かなかった。


次の日の朝、起きると台所でカズさんが

おにぎりを握っている。

「どこかにいくの?」

「アジサイを見に行きましょう。おにぎりを持って」


キッチンテーブルの上には既にリュックが

用意されているから断れずに

横浜のアジサイがきれいに咲いている場所へ。


きっと、昨日の事を話したいのだろうと思いました。

ワタシも聞いておきたかったし。


おにぎりを食べ終わって

お茶を飲みながらカズさんが

ゆっくり話し始めました。

「気を失って倒れたそうです。」

「貧血かな・・?」

「きっと違います。」

「じゃあ何で?」


呆然とするワタシにカズさんは云いました。

「赤ちゃんは遠くから見ています。

そして必ず戻って来ます。

体も治るし、もう今回の様な事は

二度と起こりません。」


ワタシは自分の中の黒い雲の正体は

流産した子供。


隠して気づかないふりをしていた

自分の望みが足元から崩れた気がした。


そして

自分がいつかこの手に子供を抱く日を

望んでいて

その手が汚れてしまった事への失望感や

気づきもせずに殺してしまった罪悪感に

気が狂いそうだった。


夢を見るようになった。

それは毎晩、毎晩、毎晩 続いた。


子供を取上げられる夢。

暗闇にさらわれる夢。


腰に蝶の刺青。

一生 同じ花の蜜しか吸わない蝶が居る。

その花が枯れて、隣に大きく咲く別の花があっても決して吸わない。

そんな蝶がいます。


いつか、遠い未来でも

ワタシの元にまた来て欲しい。

蝶の刺青。

あの日流した子供。


ワタシの腰にある刺青を見てカズさんは

「何故蝶なの?いつか理由を聞かせてください」

それだけワタシに云った。


ワタシがカズさんに刺青の訳を話す事は

最後までありませんでした。


腰の蝶の刺青は今はワタシにありません。

あるのは汚く残ったシミとアザだけ。


その方がワタシには合っているのかも。

そう思っています。



ドコデスカ?