カズさんと初めて言葉を交わした日。

彼が云った「俺はあなたの子供の父親です。」の言葉の意味は。


彼がワタシに一目惚れをした訳でも突拍子も無いナンパの台詞でも

何でもない。





ワタシは同じ歳の彼が居ました。

遠距離恋愛になって、そろそろお別れですか?なんて雰囲気に

面倒くさくなっていた頃。

車の事故に遭いました。カマを掘られるってやつです。

全然大した事故でも何でもなかったのに、お腹が痛むのです。

警察が来て書類にサインなんかしている間にもどんどんと痛むのです。

立っていられなくなる位で、警察官の人が救急車を呼びました。


今までに経験した事のないに痛みにイヤな予感はしていました。



「流産です」



何を言われたのか理解するまでにしばらく時間が掛かりました。

ワタシが?流産ですか?



妊娠していたなんて、全く気が付いていませんでした。



仕事始めてから年に一、二度 生理があるくらいで

たまに病院に通って・・・なんて暮らしをしていたワタシに

妊娠なんて出来事がある訳ないって思ってました。

避妊だってしていたのに。

言い訳にもならないけど。



ワタシはワタシの中に芽生えた命に気が付きもしないで

殺してしまったのです。



ワタシの中で死んでしまった子供を出す手術が必要だと云われました。

早いうちに出さなくてはいけませんって。

出血で出てしまう場合もあるから様子を見ましょうと云われました。



それまで、このまま暮らせと云うんですか?

死んだ子供をお腹に入れて暮らせと云うんですか?

この言葉は先生には云えませんでした。



家に帰って横になっていたら彼から電話が来ました。

他に好きな人が出来た。

おまえより優しい人だ。

離れて暮らすのは自信がない。

そんな感じの別れ話の決まり文句をワタシはただぼんやり聞いていました。

別れたくないなんて感情はワタシの中にはありませんでした。

ただ、何故今日なのか。どうして今日そんな話をワタシにするのか。

涙も出なかったけど、ぐるぐるぐるぐる闇に落ちていきそうになりながら

彼を黙らせたかった。もうそんな話は聞きたくないって爆発しそうでした。

今、流産の話をすれば彼は自分を引き止める為の嘘の話だと思うでしょう。

そんな下らない事別れ話ははどうでもいいから、

ワタシに起きた今日の出来事を聞いてって気持ちだけで。

あの時ワタシには彼に頼るしかなかった。バカだなって思います。

同意書の話を切り出すと彼は少しの沈黙の後、こう云いました。



「そんな事しても意味はない」



どう電話を切ったのかは覚えていません。




看護婦さんに同意書にサインをしてくれる人がいない事を話しました。

家族で構わないと云われたけど、それは出来なかった。

「少しお金掛かるけど方法はある」

そんな提案に何も考えずに同意しました。


お金を出して名前を借りるのです。

そんな事が世の中にはあるんだな程度でした。



名前を貸してくれたのが、カズさんでした。



面識なんかは勿論ありません。

自分の名前を書いて、後は看護婦さんに渡すだけ。

だから、ワタシは何て名前の人がサインしてくれたかなんて知らなかったし

考えもしませんでした。



カズさんと初めて言葉を交わした日。

彼が云った「俺はあなたの子供の父親です。」の言葉の意味は。

ワタシの手術の同意書に彼がサインをしたから。

半分は当たりで、半分はハズレです。



そんな風にワタシはカズさんと出会いました。




もうすぐで日付が変わる。




ドコデスカ?





先生。この話は今日書かなくちゃって思いました。