TOMOです。
昔といっても、数年前ですけど
看護師として訪問看護ステーションを立ち上げたいなぁって思っていた時があります。
訪問看護ステーションは、数人同業種を集めて、訪問看護ステーションを立ち上げることが出来ますので、看護師が何か起業となったら
仲間を集めて訪問看護ステーションを立ち上げるというのが手っ取り早く、自立して、自分の舵でもって自由に仕事ができる手段だなって思っていたのです。
病院のために、長時間労働し、そのおかげでお給料をいただいていますが、不満といえば、自由度が低い、規則が多い、仕事以外の業務が多い、勤務時間内に仕事が終わらない、ストレフルな中で仕事をするので、そういう生活に疲れはてるのです。
仕事が終わると、家事をする元気すらない(笑)
仕事後の研修、勉強会、もうどこまでも、仕事、学び、仕事。。そういう生活をしていると、
もっと自由に、もっと楽に、もっと幸せに、もっと生活を大切にとか、もう色々な欲求が出てしまうのですよね。
その中で、病院の制度の中で振り回されるならば、自分の城を作って、そこで自分で仕事をしていくほうが、自由も多そうで、楽しそうで、お給料も多そうで、など思っていたのですね。
でも、そんな自由な生活を夢見ていたのですが、
実際、自分が訪問看護ステーションを立ち上げたい理由が本当はお金なのかもしれない、お金がたくさんほしいと思って立ち上げたいと思っていたのかもしれないと思ったことがありました。
訪問看護ステーションは、楽に立ち上げられるかもしれませんが、継続は難しいですし、いろいろと頑張って運営していかないと赤字になりますし、自由ではあるけれど、やっぱり軌道に乗せるのは大変なんですよね。
それなのに、そのモチベーションがお金をたくさん稼ぎたいでは、全く頑張れない。
お金をたくさんもらっても、忙しい、自由がない、仕事以外にも事務作業が入ってくるなどとなると、やっぱりお金をたくさん稼ぎたい!という理由で立ち上げるには、まったくもってモチベーションがあがらないし、そんな理由で立ち上げたいなら、立ち上げるべきではないと思ったのです。
私が訪問看護ステーションを立ち上げる理由が不純すぎるということで、訪問看護ステーションを立ち上げる夢はすぐに消えていったのです。
もっとね、この地域に小児の訪問看護ステーションが少なくて、障害のある小児をもっと受け入れたい、障害児の親とともに、子供の成長を応援したいなどの強い熱意によって、立ち上げるのであれば、お互いのニーズがマッチするんだろうけど。
ちょっと、私にはその熱意もないし、その技術もない。
ということで、今後何をしようかな~って思っていたところで
最近、同僚が訪問看護ステーションを立ち上げるという話を聞きました。「良ければ、来ない?」などと誘われたんだけど、今の訪問看護ステーションを辞めて、他のステーションに行くっていう選択もありだな、立ち上げに関わるって楽しそうだなって思いつつも
こうして、未来自分が何をしたいか?どんな自分でいたいか?ってアンテナを立てることが、その後の未来創造を作っていくのではないかと思ったわけです。
ただ、日々言われた仕事をするのではなく、もし自分が経営者だとしてら、どう日々を過ごすか、やりたいことを実現したいとするなら、日々どうやって過ごすのか、これが本当に大切になるんだあって思いました。
その中で、感謝生活をしならが、日々の出来事を許し、YESしていくことで、自分の幅が広がり、さらに想像が拡大し、「あ、これやってみたい!!」ってことが出てくるのではないかな。
今は、そこまで自分のモチベーションがあがってこれやりたい!!ってことはないのですが
そういうこれやりたい!!って自分になっていくために
日々アンテナ立てていきたいです。
TOMOです。
台風にそわそわした三連休も終わり、今日から仕事をしています。
まだ、被災された方々のテレビを見ると、この状態で、仕事なんて行けるかな?この状態でどう生活しているんだろう?と
想像力のないことを考えてしまいます。
もし、私が被災したならば、仕事なんて、お休みして、家の片づけしたいなって思うけど、
その中でも仕事に行かないといけない人もいるだろうな、とも考えたりします。
私は看護師なので、病院勤務していると、やっぱり台風であろうと、子供が病気であろうと、なんであろうと、病院に出勤するというのが当たり前の思考なのですね。やはり、病院というところは、一人でも休むと病棟が回らなくなるんですね、病棟が回らないということは、病気の人を助けられないということになります。病気の人を助けるというとちょっと上から目線な発言だけれども、やっぱり、手術後の患者さん、治療中の患者さんのそばにいないと、その手術も、治療も出来ないのですから、そうなのかもしれません。
育児中の私は、病院を休むということを極端に恐れていて、子供が病気でも、入院していようとも、仕事を何とか休まないようにと生きてきました。ですから、子供が生まれてから、初めて、当時3歳でしたが、一度だけ「子供が熱で今日はなんとか休めないだろうか?」という相談をしたことがあります。そのとき「無理!!」と言われて、もうこの世界にはいられないなあなんて、すごく悲観的になったこともありました。
ですから、専業主婦なら、子供をゆっくり病気にさせてあげられるのにな、病気に寛大でいたい自分と、なぜ病気になるんだと子供を責めてしまう自分がいたように思います。
ということで、この台風でも、病院のスタッフというのは、台風だから休みますってことが無理な業種だし、年末年始なんていつも仕事だからゆっくりしたことないよ、ってことをずーと、ずーとやってきたわけです。
で、私は二人の子供を産み、病院勤務から、訪問看護っていう看護師になって、勤務形態を正社員からパートって形態にして仕事をするようになったわけです。
年収は、200万位減りましたが、それでも、この自由というのは有難い、尊い、お金には代えられない価値があるものです。
でも、根っからの仕事好きなものだから、パートなのに週6とか仕事していたわけです(笑)
でも、やっと、その週6のお仕事も最近やっと、週5に変更し、祝日はいつも仕事ですが、さらに久しぶりに祝日が休みっていう3連休だったのです。
台風だったけど、尊い3連休。
3連休ゆっくりしながら思ったことは、また明日から仕事に行かなくてはいけないだという、なんかがっかりした感じと、ま、3連休もあったから、仕事行かなきゃなっていう思いと変な感情で、朝仕事に行きました。
でも、今朝、こんな普通の朝が被災者の方にとったら、有難い一日の始まりなんだろうなとか
こうして普通に生活できる全てに感謝していたわけです。
それで、仕事です。
今日から仕事。
今日は何を創造しようか。。と考えていましたが、やっぱりいつも通り仕事をしてしまって、そして、仕事をやっていると楽しくて、あんなに行きたくないなって思っていたのに、いざ仕事すると、楽しいだなんて、仕事っていいもんだな、なんて思っている自分がいました。不思議です。
で、仕事ですけど、もし被災していたら、仕事どころでなく、家の片づけやらしたいわけですけど、それでも、仕事に行く自分がいるんではないかなって想像しつつ、
でも、仕事場に行って(病院とか、在宅とか)そこにいると、やっぱり仕事に来て良かったなって思ってしまうんじゃないかって思うんです。
それは、仕事とは、被災した事実があったとしても、一時的にそれを忘れることが出来る時間になるからなのかもしれないと思ったのです。
被災すると、気持ち的には色々と焦りが出たり、虚しかったり、悲しかったり、もう色々な気持ちが湧いてしまうかもしれません。
でも、仕事をすると、そのことを少し忘れてしまうというか、仕事に没頭してしまうようなことがあるから、少し気分転換になるかもしれないと思いました。
でも、これが毎日だと気持ちが不安定になると思うので、仕事と被災した家を片付ける時間というか、そういうバランスが大切なのかもしれないとも思いました。
今日仕事しながら、在宅で台風で被害にあった方の映像やらインタビューやら見ていましたが、やはりテレビみていると、自分の仕事がはかどらないので、テレビがどんなに被害について語っていても、仕事中は、やっぱり仕事一本で、ふと気がぬけた時間に少しテレビが耳に入るって状態でしたが、仕事中っていうのは、テレビの音も聞こえない感じで集中しているわけです。
結局、日々外で起こっていることが、どんな凄いことでも、どんな悲しいことでも、自分の仕事に集中すると、外の音は聞こえなくなってしまう。
そして、創造するということは、自分のしていることに集中し続けるってことなのかなって思いました。
今日の気づきでした。
TOMOです。
今まで、外の世界が自分に影響を与えていると信じていたので、外の情報ばかり求め、成功している人や能力が高い人を素晴らしいと思い、そのような才能がない私に自信を無くしていました。
しかし、もう創造主として、自分がこの世界を創れる、創造できるのだと知ってしまったので、創造するしかありません。
感謝生活もそうです。
何をみても、感謝できるような自分になるように
当たり前を、当たり前の目で見るのではなく、有り難いと思えるような見方をするように日々生活しています。
それも並行してやりながら、誰かが自分に与えてくれることを待っているのではなく
自分で何かを始めてみる、楽しんでやってみる、主体的に人生に参加するという意識を持つようにすると
さらに、創造的な自分になりました。
さて、今日は、あまり得意でないお料理を子供とともに行いました。
ドーナツ作りと、ピクルス作り。
ドーナツは材料を混ぜて、油で揚げるだけ。
ピクルスは、野菜を切って、ピクルス液を作って、野菜に漬けるだけ。
普段は自分でやるお料理も、子供と一緒だと、その手間が半分に、子供を中心に私が指示を出してやってもらうということになりますが、同じ時間で二つの食べ物を作ることが出来ました。
ただ、ドーナツは失敗(笑)ピクルスは成功!
こうして、日々したくないお料理を子供と一緒にやってみたら、もしかして楽しいかもしれないという想像のもと、創造してみました。
すると、失敗という結果と、成功という結果を得られました。
日々、頭で考えて、その情報ばかりを探してしまう私にしてみたら、とっても創造的な日を創り出せました。
こんな小さな想像から、創造を始めればいいんだな。
一日ひとつでも想像から、創造へと形に出来るならば、一年後はどうなっているんだろう、私。
でも、一年後を思ってやらない。
今日一日ひとつだけ想像を創造にかえてみよう!
このチャレンジが、創造主としての発想も豊かになっていく一歩になる気がします。
台風の数日前から、台風の準備を始め、前日には全ての準備が整って、これほどまでに準備したのは、初めてだったなぁ、備えあれば憂いなしというし、どうなるだろうか?という気持ちと全ては、私が創造しているのだから、きっと、私にとっても最善であるだろうと思いながらも、土曜日からそわそわとしていました。
土曜日の3時に目覚めて、まず掃除をしました。それから、洗濯を干して、お風呂に水をはり、ゆっくり二度寝したのです。
こうして、土曜日は11時頃にゆっくりと起床。
そして、子どもと一緒にボードゲームをして、椅子取りゲーム、フルーツバスケット、ボール投げなど
家で出来る遊びを楽しみました。
その間に仕事に行っているお友達が無事に帰ってこれるように祈り、またこの台風が最小限の被害であるように願いつつ、過ごしました。
日々、電気が使えること、ガスが使えること、トイレが使えること、この日々の当たり前に感謝しながら、テレビを見ながら、台風情報というのは、少し波動が下がるなぁと、客観的に見ながら、雨や風が強くて、家も揺れるし、やっぱり凄い台風が来ているんだなぁ、でも安全に家にいられて有り難いなぁと感じつつ
また、近所のお友達には、何かあれば避難してきてねと伝えたり伝え合ったり。
そうして、22時過ぎには、貴重品を枕元に置いて、ランタンもそばに置き、古い地球さんありがとう、新しい地球さん、よろしくと挨拶しながら、眠りました。
朝は、もう台風は過ぎており、家の周りをきれいしながら、こうして、生きられること、生かされることに感謝しました。
そして、この台風のお陰で、クリアになり、新しい地球、新しい自分になったように思ったので、部屋の模様替えをしました。
布団は干し、シーツや毛布を洗い、新しく模様替えしたお部屋に満足でした。
そして、午後子どもと遅いランチへ。
外に出て、あまりにも太陽が眩しくてびっくり。こんなに眩しかったかな。地球。それに、外がとっても綺麗だったのです。
誰かが掃除したのかな?全てのゴミが全くなくて、どこの道もとても綺麗なのです。本当に台風来たのかな?という感じ。
でも、やはり外はとてもクリアで光に溢れていました。
多分、今回は全国の方々、海外の方々も日本を心配して下さり、たくさん祈って下さったのではないかな?と思いました。
そして、その祈りのお陰で最小限の被害ですんでいるのかなと。もしかして、パラレルワールドでは、大災害になっている世界もあるのではないか?と思ったほどです。
私はいつも外に情報を求めて、何か私を変えてくれる何かが来るのではないか、誰かが私を変えてくれるのではないか?と思っていました。
でも、もう外の情報を求めてさまようのではなく、今出来ること、ただ自分が愛をもってする、分かち合いからする、優しさからする、そういう自分の放つものを意識しながら、生きる。
そういう新しい生き方をしていこうと改めて思った日でした。