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「心の法則」

人間は親切な人と会うと親切になるのです。
ところが棘(とげ)がある人と会うと棘(とげ)が出てくるのです。
これはひとつの法則です。
 
したがって、まわりの人に優しくしてもらう方法は、
自分が優しくなることです。これがいちばんの近道なのです。
 
たとえば、こちらが「あいついやだなあ。」と思っていると、
むこうもやっぱり「いやだなあ。」と思うわけです。
いやだと思われることはいやなものですから、
むこうもいやなわけです。同じです。
こちらが「あの人いいなあ。」と思っていて、
それでもいやだという人もなかにはおりますが、
普通はそんなに悪い気 はしないものです。
 
結局、その人が親切な人であれば、まわりも親切になってくるし、
逆に人に厳しいと相手も厳しくなるということです。
 
夫婦げんか、嫁、姑の問題、いろいろありますが、
たまにこういう問題を相談してくる人がいます。
相手がひどい、相手が悪いと言うけれど、その人自身もまた、
だいたい似たような土俵に上がっていることが多いのです。
その人がものすごい善人で、お姑さんだけが一方的に
悪いということは普通はないわけです。
やはりどんな人でも、すばらしい人に対しては
多少の譲歩はするものです。
「うちの嫁はやっぱりいいなあ。」と言いたくなるのです。
それを言わないということは、
やはり自分にも同じぐらい原因はあるということです。
 
すべての人に好かれるような人は、
そうはいないかもしれないけれども、
自分のできる範囲で努力しなければなりません。
そして、自分はたとえば初対面の人と会ったときに、
どういう印象を与えるだろうかといった観点から、
自分をもう一度見てみる必要があるのです。
 
初対面の人と会って、みんなからあなたはすばらしい、
ものすごくできた人だと言われる人が、
御主人とだけ調和できないというならば
御主人に問題があります。
ただ、自分にそういう経験がなければ、
やはり自分にも思いあたることは何かあるはずです。
これを考えなくてはいけません。
 
結局あなたが、ものすごくよくできた人になれば
御主人も変わってきます。時間の差はありますが、
変わってくるということなのです

「運命の発見」より


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【愛とは何か】

人を愛するということは、
相手の中に仏性を見出すことである。

ところが不思議なもので、
こちらの心のあり方しだいで、
相手は、
悪魔にも
菩薩にも見えるのである。

「お母さんなんて大嫌いだ。」
といわれれば、
わが子も小悪魔に見え、
「お母さん、いつも有難う。」
といわれると、
わが子が小さな菩薩に見えるだろう。

夫婦も同じだ。
相手が
悪魔に見える時も、
菩薩に見える時もあるだろう。
原因はどちらにもあるだろう。
だた、気がついた者の方から、
まず自分を変えることだ。

愛を出し惜しみするな。
自分の中の仏性を発見することが、
「悟り」であるなら、
相手の中の仏性を拝み出すことが、
「愛」なのである。

心の指針37

5月20日より、全国ロードショー
☆映画「君のまなざし」公式サイト
http://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M414414&c=22141&d=9de1?utm_source=newsJpn&utm_mdium=email *ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* 🎬