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気管支の話をしましょうか。
肺の病には感謝の念が足りないということを話しましたが、
気管支が悪くなる人、気管支炎にかかる人、こういう人はどういう人か。
精神的に言いますと、これは、人を排斥するという気持ちがあります。

気管支炎になるのは、排斥するという気持ちの現われです。
人を排斥する気持ちがあると、たいてい気管支炎になります。ですから、
気管支炎になる人というのは、他所から、外から、徽菌(ばいきん)が
入ってくるんじゃないかと、空中に徽菌でもいるんじゃないかと、
無意識のうちに気管支がそれに拒否反応を示しているんです。

空気のなかに、何か汚れたものがあって、それを自分が嫌がっている。
そういう拒絶反応が起きているんじゃないか、こう思っているんですね。
これが気管支炎の原因です。喘息(ぜんそく)というのは、その典型です。
ですから、喘息になる人は、こういう人は薬なんか服んでも治らないです。

喘息になる人は、心の持ち方に誤りがあります。
他人を排斥する気持ちがあるんです。こういう人は、
人との調和というのを、もう少し考えていかねばなりません。
というのは、たいてい他人を排斥する気持ちがあるはずですから。
そうすると、そういうふうに、空中に徽菌があると思って、
喉のなかの繊毛(せんもう)がね、細い毛が逆に働いて、
排斥しようとしていますが、ほんとうは、そんなゴミ、汚れがあるわけじゃない。ですから、
そんな排斥の気持ちを持たないということです。
これが主として、気管支ですね。気管支炎とかのだいたい原因です。

「白隠禅師の霊訓 」より


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「学ぶ姿勢」

日記をつけることはけっこうですが、
単に事実を書きとめるだけの日記であってはなりません。
その日、自分が何を学んだかが大切なのです。

何もしないで一日を過ごすよりは、苦しみでも悩みでも
積極的に受け止めたほうが、魂にとっては、むしろ糧となります。

魂の糧という観点から見たときには、
人生に無駄なものは何もないと言えるのです。
特に強調しておきたいのは、
「学ぶ姿勢において、もっともっと貪欲であれ」
「一日にどれだけ学びえたかを誇るようなあなたであれ」
ということです。

「不動心」より

◇大川隆法公式サイト
http://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M434553&c=22141&d=9de1