や
はじめまして〜( ´∀`)
ブログは高校生以来かな…。
私の旅の思い出を誰かに聞いてもらったり
忘れてしまう前に文章に残したいので
今日から書き始めます!
私の海外好きは中学3年生で行った
ニュージーランドから始まりました。
それ以前にもハワイとグアムに行った事はあったのですが、
英語分からないand親と一緒でロマンスのかけらもないand幼過ぎて状況が理解できていなかった、
という事もあり、本当の魅力を知ったのは15歳の時です。
短期留学でニュージーランドのクラストチャーチに2週間滞在したんですよ。
その時はまだあの地震の前で、市街の教会とかお土産さんが充実していました。
正直、食事は不味い(寮の食事)、
英語は分からない、
田舎で何にもなくてつまらない、
ホストファミリー先は日本の家庭に比べると不衛生で(例えばお皿の泡を流さない)等々、
文句が山の様にあってこんなとこ二度と来るか!
私は日本人だから食事が美味しくて衛生的な日本から出ないぞ!と思ったわけです…笑。
でも1週間くらいたってからそんな毎日にも慣れてきて、初めて観光とは違う形で異国で生活している自分がなんだか特別に思えました。
行かせてくれた親に感謝です。
私は洋画が物凄く好きだったので、
外国でのスクールライフに憧れてたんです。
気がついたら、私その憧れのスクールライフしてたんです、笑。
帰国後はそれはもう必死に英語勉強しました、笑。
自分の思った事を伝えられない歯痒さと、
片言でも伝わった事の感動が忘れられなかったんです。
絶対また留学するんだ!と親に豪語する事が長く続きました、笑。
チャンスは以外にも早く高校2年生の時に再びやってきます。
今度は3週間。
周りに日本人は先生と友達の2人しかいません。
高校の姉妹校であるヴィラ・マリア・カレッジに通学です。
普通短期の場合だと語学学校に通うのが一般的ですが、姉妹校制度により現地の子達と同じ学校に通う事ができました。この当時の英語力は英検三級、笑。
笑っちゃうでしょ、でも何とかなるもんなんです、笑。
学校側から滞在中の面倒を見てくれるバディを紹介されました。授業同じの取ったり、休み時間一緒に過ごしてくれたり…コミュ障の私にはいい制度です。
彼女の名前はkenyaといいます。
彼女が実質初めてできた外国人のお友達。
彼女との出会いが私の人生を変えたといっても過言ではないくらい、素敵な出会いとなったのです。
背が高くて細くってブロンド美人とはまさにkenyaのこと!絵に描いたような外国人でした、笑。
その頃私は家庭の事情で心身ともに疲れて病んでたので、ニュージーランドの生活は本当に幸せでした。
地震後だったので特に観光地も無いし、
ただただのんびり、うるさい親もいないし、
時間通りにバスはこないし…。
そう!これ!
バスは時間通りに来ない、これが私の中でのストレスを撃退してくれたんです。
車やバイク移動の方には分からないと思いますが
日本人(特に都心部の人)って、
電車とバスの時刻表にそって生きてませんか?
少し大袈裟かもしれないですが、
それってもしかしたらストレスの要因の1つかもしれないですよ。
バスが時間通り来なくて、携帯も持ってなかったし
特に何にもすることなく
ただベンチに座って大人しく待ってるしかなくて
バスの運転手さんは30分も遅れたくせに
謝罪のアナウンス流さなくて…。
このスタイルに心が解放されました。
kenyaの話に戻りますが、
滞在中彼女の家にお泊まりに行ったんです。
人生初本当に日本人は私一人きり。
日本語通じない。電子辞書を手から離せなかった。
でも、それがとーっても楽しい時間になったんです。
はじめまして〜( ´∀`)
ブログは高校生以来かな…。
私の旅の思い出を誰かに聞いてもらったり
忘れてしまう前に文章に残したいので
今日から書き始めます!
私の海外好きは中学3年生で行った
ニュージーランドから始まりました。
それ以前にもハワイとグアムに行った事はあったのですが、
英語分からないand親と一緒でロマンスのかけらもないand幼過ぎて状況が理解できていなかった、
という事もあり、本当の魅力を知ったのは15歳の時です。
短期留学でニュージーランドのクラストチャーチに2週間滞在したんですよ。
その時はまだあの地震の前で、市街の教会とかお土産さんが充実していました。
正直、食事は不味い(寮の食事)、
英語は分からない、
田舎で何にもなくてつまらない、
ホストファミリー先は日本の家庭に比べると不衛生で(例えばお皿の泡を流さない)等々、
文句が山の様にあってこんなとこ二度と来るか!
私は日本人だから食事が美味しくて衛生的な日本から出ないぞ!と思ったわけです…笑。
でも1週間くらいたってからそんな毎日にも慣れてきて、初めて観光とは違う形で異国で生活している自分がなんだか特別に思えました。
行かせてくれた親に感謝です。
私は洋画が物凄く好きだったので、
外国でのスクールライフに憧れてたんです。
気がついたら、私その憧れのスクールライフしてたんです、笑。
帰国後はそれはもう必死に英語勉強しました、笑。
自分の思った事を伝えられない歯痒さと、
片言でも伝わった事の感動が忘れられなかったんです。
絶対また留学するんだ!と親に豪語する事が長く続きました、笑。
チャンスは以外にも早く高校2年生の時に再びやってきます。
今度は3週間。
周りに日本人は先生と友達の2人しかいません。
高校の姉妹校であるヴィラ・マリア・カレッジに通学です。
普通短期の場合だと語学学校に通うのが一般的ですが、姉妹校制度により現地の子達と同じ学校に通う事ができました。この当時の英語力は英検三級、笑。
笑っちゃうでしょ、でも何とかなるもんなんです、笑。
学校側から滞在中の面倒を見てくれるバディを紹介されました。授業同じの取ったり、休み時間一緒に過ごしてくれたり…コミュ障の私にはいい制度です。
彼女の名前はkenyaといいます。
彼女が実質初めてできた外国人のお友達。
彼女との出会いが私の人生を変えたといっても過言ではないくらい、素敵な出会いとなったのです。
背が高くて細くってブロンド美人とはまさにkenyaのこと!絵に描いたような外国人でした、笑。
その頃私は家庭の事情で心身ともに疲れて病んでたので、ニュージーランドの生活は本当に幸せでした。
地震後だったので特に観光地も無いし、
ただただのんびり、うるさい親もいないし、
時間通りにバスはこないし…。
そう!これ!
バスは時間通りに来ない、これが私の中でのストレスを撃退してくれたんです。
車やバイク移動の方には分からないと思いますが
日本人(特に都心部の人)って、
電車とバスの時刻表にそって生きてませんか?
少し大袈裟かもしれないですが、
それってもしかしたらストレスの要因の1つかもしれないですよ。
バスが時間通り来なくて、携帯も持ってなかったし
特に何にもすることなく
ただベンチに座って大人しく待ってるしかなくて
バスの運転手さんは30分も遅れたくせに
謝罪のアナウンス流さなくて…。
このスタイルに心が解放されました。
kenyaの話に戻りますが、
滞在中彼女の家にお泊まりに行ったんです。
人生初本当に日本人は私一人きり。
日本語通じない。電子辞書を手から離せなかった。
でも、それがとーっても楽しい時間になったんです。
つたない英語で、日本の事、学校の事、恋愛事情、将来の事、沢山話しました。
三泊四日間、この期間ほど私の英語力が向上した事はないでしょう。
彼女の家には馬がいたので乗馬がし放題。
街灯もないような草原のど真ん中にお家があるので、星が綺麗で、空気は美味しい。
駅近、コンビニ徒歩圏内、何て夢のまた夢でした。
でもその時に思ったんです。
私将来海外の田舎に住むと。