「誰といる自分が好きか」
っていうのを逆手に取って
「特定の人といる自分を嫌いになる」
ことで
「好ましく、一緒にいたい特定の人」すら嫌いになれるんじゃないかという実験的試み
本当はそんな事したくはないが、そうでもしないと膠着状態を打破できない
安心できない
安心をくれないから
何もしないでって言ったらその通りにしてくれる
思う存分嫌な自分になれる
安心して飛び込める存在が欲しい
恋愛とかはどうでもいい
ひたすら将来が漠然と不安
漠然と
親が死ぬ前に死にたい
暮らしが傾く前に死にたい
年老いる前に死にたい
ピークのうちに死にたい
明るい未来なんてない
努力しないから
怠惰だから
思いやりがないから
感謝が足りないから
配慮が足りないから
期待と関心が薄いから
苦しみを分かってもらおうとするな
早く淘汰されたい
解放されたところで、路頭に迷うのは目に見えてるけど、幾らかの事があるべき形におさまっていくのであれば、意味はあるんじゃないかと思う
全部自分次第なんだな、と思うと
委ねられてるのを思うと
全部自分が悪くて責任取らなきゃいけないんだなって、負の気持ちを全部引き受けなきゃいけないんだなって思って、動けなくなる
自分の悪い癖なんだけど
いうだけいって、この気持ちのほとぼりが覚めたら、また無視して、積もり積もって、爆発して全部喪うんだろうと思う
社会的に孤立させられてる気がする
関わりを好ましく思われないの学習したから単純なお誘いでさえ来た瞬間に断らなきゃいけないって条件反射がはたらいて、さみしくて、罪悪感もあって、受けるなら報告しなきゃいけないなって思って、それも気が重くて、隅々まで聞かれて報告しなきゃいけないから