やっとやっと、あかちゃんを産むことができた。

おめでとう、頑張ったね

やったね、

たくさんのお祝いの声がとぶ。


すぐにあかちゃんが拭かれて、

私の胸の上に。

片手に点滴がささり、
もう片方に血圧を測る機械がつけられているので私はあかちゃんがのせられるまま動けはしない。

それでも
1人目とはちょっと顔が違うなぁと
思えてた。


あれほど辛かった陣痛はなくなり、
安堵感に包まれた。


お、お、終わったんだ。。。


助産師さんが、主人と私遠のきあかちゃんの写真をたくさん撮ってくれる。

少し笑える余裕さえ残っていた。



それでは、旦那さん、
後処理があるので、待合室で待っていてください。


この間と同じ一言。

これで終わりだ。


この間この時はアドレナリンが出ていて、
先生とペラペラ喋っていたことを覚えている。


今回も同じ。

同じだ。

10分ちょっとで麻酔をうって、
会陰切開したところをぬってもらって
終了。

それ以外ないと思っていた。


先生が胎盤がまだ出ないねぇ。
ま、大体の人が30分くらいかかるからね。

産道内に手を入れられて何かがひっぱる感覚を感じる。

最初は痛くもなかったのにそのうち、何だか違和感と下腹部に痛みを感じるようになってきた。

なにより、
何だか陣痛のような強い痛みが定期的にやってくることが気になる。

しかもそれは産んで10分くらいは何もなかったのに、そらから徐々に徐々に強くなってきている。


なんだこれ。


しまいには子宮口9cmくらいの便が出そうな感じを無理やり我慢する最もツライ時の痛みと
同じくらいの痛みになっていた。

それが後陣痛だと最初は気づかなかった。

だって後陣痛ってあくまで出産の後のものでしょう。生理痛の強いバージョンくらいかとたかをくくっていた。

しかも赤ちゃんを産んだことで全てを
使い果たした私には、
何かもう気持ちも体力もプチっと切れてしまっていて、本陣痛は涙も出なかったけれど、この時の後陣痛には涙が止まらない。

気づけば、30分どころか1時間半をゆうに超えていた。


たまに2時間かかる人もいるからね


先生と助産師さんがそう言った。


私は何に向かって耐えればいいのか、
確かに赤ちゃんを産むときももはや赤ちゃんのことなんて考えていられなかったけれど、
この後産の痛みはどうにもこうにも
何にももはや残っていない。ただただ辛い。それだけだった。

気づけば2時間も過ぎ、
足の間からはおそらく胎盤の端に何か重りのようなものがつけられてぶら下がっている。

自然に出すために重みを利用しようってことか、


うん、恐ろしい。

なんだそれ。


あとあと考えると怖い怖い。


でもその時は何でも良かった。

一度主人が入ってきて、
私があまりに後産処理にのたうちまわって苦しんでいる様子を見てビックリしていたような記憶がある。

え、お産終わったんじゃないの?って感じに。


後産処理を含めてトータル出産時間になるとのことで、これも立派な出産中だと助産師さんが言った。

もう無理無理無理。
本当に無理。

涙を流しながら泣き言。

言っても仕方ないけれど、口からスルスル出て行く泣き言は何故か少し心を楽にする。

子どもじゃないんだから。

大人だからたえなきゃ。

30過ぎて恥ずかしい。

そうよそうよ、
でもそんなこと言える精神状態じゃなかった。


最悪の場合は、胎盤が癒着しているかも。

でもさつまきよりははがれてきている
もう少し待ちましょう。


先生と助産師さんが話し合う。

癒着していたらどうなるんだろう?

今の時点でこんな痛いのにこれ以上ってないよ

でもきっとこれ以上のことが起きるってことだよね。

通常、後陣痛はロキソニンとかの薬で緩和できるとのこと。
だけど胎盤が出ていないと痛み止めを入れることができないらしい。

まもなく4時間を越える頃、
助産師さんが

もうすぐの、赤ちゃんを出す時みたいに
ここに集中して力を込めて!

本当にもう1人出産する感覚で
力を込めた。

一つ違うのは後陣痛がないタイミングで行うことだが。

ドゥルンと何かが出る感覚があった。

特に痛みはない。


あーーー良かったね、
頑張りましたね、


赤ちゃんを産んだ時間が22時半。
胎盤が出た時間はもう3時近かった。


すぐに痛み止めの点滴が打たれた。

スッと痛みが消える。

やっと本当の安堵の気持ちが湧いてきた。

あぁおわったんだ。。。



そこから先生のチェックがはいり、今回は会陰切開は行わなかったし、特別切れているところもなかったから縫うこともないとのこと。


ありがたいことに出血も少ないとのこと。

良かった。


そこから分娩室出た2時間経過観察をして、
4時半過ぎに子宮が元の大きさに向かって収縮を始めたことを確認して、車椅子で病室に向かった。

もう朝に薄暗い朝だった。

横になってクーラーを入れてもらって
そのまま目を閉じたらすーーっと深い眠りに入った。

気づいたら6時半だった。

2時間爆睡。

あまりに深い睡眠出た夢さえ見ていない。

昨日の陣痛で1時間睡眠。今日は2時間。

こわな短い睡眠でもアドレナリンが出ているからか、普通に起きることができた。


分娩時間25時間超。

1人目の18時間を越した長いお産だった。


次は無痛だ。

と、やっぱり思ったけれど、
うちは2人。

もう出産することはないんだろうな。


不思議なことに前は、次があることをわかっていたからこそ産んだ時の痛みにフォーカスしていたけれど、今はあんなに辛かったのにもう新生児は自分の子では抱けない、これが最後だと思ったらただただ悲しくて、寂しくて、この時間がずっと続けばいいのにって思った。

皆んな同じ。通り過ぎていく道。
たとえもう1人産んでも結局はこの新生児の時間は過ぎてしまう。特別な病院生活には終わりがある。いつだって終わりがあるから立ち止まっていられない。

言い聞かせるけれど、
何故かとても悲しかった。

それは今も同じ。

そして前よりさらに
助産師さんが尊く感じた。

人生で最もつらい瞬間といわれるお産。
そこを一緒に駆け抜けてくれた助産師さん。
私には2回。
つらい瞬間を一緒にいてくれた人はこの人しかいない。とても特別な人。


私もこうなりたい。

いつか学校に通って看護師になり、助産の道に進みたい。今とても強く思っている。

いつ頃子育てが落ち着くだろうか、

強い思いがあればできる。

助産師さんがそう言ってくれた。

1人目が6か月くらいの頃、支援センターで保育士さんを見て、私も保育士の資格が欲しいと思って、娘の昼寝の間、あと朝早く起きて過去問と教科書で勉強して、今月保育士の資格を取ることができた。2人目妊娠のつわりの時は2か月くらい何もできなかったけれど、今生まれたこの子と一緒に暑い中試験会場に行き、二時試験も臨月で受けた。
これよりさらにさらにハードルは高いけれど、
助産の仕事につきたい思い、忘れないようにしよう。

まずは子育て。

2人目は、お腹の中で今何日とか、何週とか、全然考えてあげられなかった。

上の子と一緒に駆け回ることが一番で、
妊娠の本なんて全然見なかった。

だけど、思い出せば、
冬の寒い日に妊娠がわかって、お腹を撫でたこと。

周りの人に隠しながら、子どもと走ったこと。

あまりに1人目の子を気にかけて動く生活に、お腹の中の子が悲しがって消えてしまうんじゃないかと思って涙を流したこと。

もっと大人しくお腹のことを考えて生活したいのにごめんね、と声をかけたこと。

一度もエコーで顔を見せてくれなかったこと。

16週で女の子と判明した時、すっごく嬉しかった帰り道のこと。

クリニック帰りのマンゴーパフェ。

少し出てきた早めに出っ張ってきたお腹。

それでも全然お腹にいる気がしなかった。

今では一緒にいろんなことを駆け抜けてきたなって思える。

長女はいつも私の近くにいたけれど、次女はそれより近くで私と一緒に10か月いた。

名前は最後まで迷ったけれど、そんな想いも込めた。

今産後6日目、身体は恐ろしくダメージを受けている。

早く軌道にのるといいな。