多分私は発達障害なのだろうと思う。
そう考えたのは最近だ。
特に診断を受けた訳ではないので
自称「発達障害」だ(笑
その、「発達障害」と
思われる私の特徴は、
完璧なまでの「見間違え」。
似た様な数字の配列や、
文字の似通ったモノに対する
見間違えだけではなく、
完璧に違う文字に見えている。
と言う事。
脳みそのバグが酷すぎる。
何処の異次元世界を
見ているのか判らないくらい、
全く違う文字に見えている事が多々ある(笑
あとは、恐るべき「忘却力」。
全て忘れる力がある。
防止方法はあるが、非常に面倒くさい。
常に毎日、異常なまでの確認作業なんて、
正直やってられない(笑
それは近年突然起こった事ではなく、
思い出せば小学生の頃からなのだ。
という事は、元々常人を越えた、
卓越した「健忘力」と「注意力の散漫」が
生まれ持った私の能力なのだ。
長い間、何十年も、
自分は普通だと思って生きて来たが、
この二つの特殊な能力のお陰で、
圧倒的な「自信喪失」と
「自己価値の低下」が
産み出される事になる。
これはつい最近、自分の人生が上手く
行かない原因として理解できた内容で、
今までは何故自分が、常人以上に
ミスが多いのかよく分からなかった。
誰しも自分の事は判らないものだ。
でも、今回突然自分の特性が
紐解けたので、
自己解析が出来ると非常に面白いのもあり、
忘れない様に此処に記している。
私の趣味は多彩だ。
何故多彩なのかも、全てこれが原因だ。
「神からの開示」
なのかもしれない。
多彩な趣味。
自己価値が低く、自信のない人間。
自分に全く能力が皆無だと思って、
この世の全てが面白くなくなって
自殺したのが私の弟。
しかし、弟は地頭は良かった。
IQも高い。
でも、壊滅的な「コミュ力の無さ」が、
全ての社会性を断つ事になる。
コミュ力が壊滅的にダメになると、
いくら頭が良くても、
自己価値はマイナス100だ。
世の中で生きて来ない事を悟ると
死ぬしかない。
なので、弟は幸福な自死を選んだ訳だ。
ただ、私はコミュ力が良い訳ではないが、
そこまで壊滅的ではなかったので、
何とか生きてる。
常人が普通に出来る事がままならないので、自己価値や自信は全く以って、
成長する事はなく、
自己価値が低いがために、
自己価値を何とか上げようと
小賢しい行動をとるようになる。
大体これをやる人は所謂
「エネルギーヴァンパイア」になり、
人から嫌われるが、私の場合、
そこまでの発症もないので、
妙な常人ラインを維持する事が出来たのだ。
しかし、低下した自己価値と自信は
常に自分の中に存在し、
これを無意識で補填する為に
反社会的な行動を好むようになった。
常人が出来る事が出来ないのを
本能的に知っていたのだろう。
小学校低学年に難しい理解や理屈は
判らないが、
自分が人より劣っている事は
本能的に知っていたのだと、
今思い返すと理解できる。
多分、幼稚園児の頃には若干それが
在った様に思われる。
行動として現れたのは記憶をたどると
小学校一年生。
「目立ちたい」
から始まっている。
自己価値を自分で上げるには
どうしたらいいのか?
頭の悪い小学生が考え就く事は単純で、
「目立つ事をする」
「馬鹿な事をして笑いを取る」
「危険な事をして注目を浴びる」
「悪い事をして特別感を感じる」
凡そ思いつくのは此れだ。
漏れなく全部やった(笑
常人と一線を画すには
この四つが一番簡単で、
頭の悪い小学生でも思いつく。
自分が異常な嗜好を持って居たり、
特殊な趣味や知識に精通したのは
これが全ての原因なんだと漸く、
50年目にして理解できた。
小学生の頃は「危険な子供」だった。
中学生の頃は危険行為から徐々に離れて行き、
高校生では趣味が特殊になっていく。
専門知識や専門技術に興味が出たり、
マニアックな物事に興味を持ったりする。
その趣味は今でも続いている物があるが、
普通ではない感性や感覚、嗜好、趣味は
全て自分の「発達障害」の無意識的自覚から
来ているのだと分った。
非常に面白い。
良い面もあるのだが、
非常に生き辛い人生になった。
良い面で言えば、
自分がやろうと思う事は
トコトンまで追求して、
極めようとする集中力。
スピリチュアルカウンセラーに
足を踏み入れたのも、
オカルトと言う普通ではない世界に
興味を持ったからだ。
この特殊性のお陰でもあるので、
人生何が起こるのか判らない(笑
生きていると、
それなりに楽しめるものだ。