12g0815のブログ

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最近思考停止の怖さを感じることが多い。

世にはびこるいわゆる偏見や、言葉という枠に捕らえられた概念など、多くのことの本質を無視しているような気がしてならない。


例えば男らしさ女らしさという概念。
男らしい人といえば筋骨隆々で大胆、頼れる人というイメージだろうか。
かたや女らしい人はおしとやかで品がある、周りに気を遣える、などが挙げられる。

そして男には男らしく、女には女らしく振舞うことが期待される。
しかし世の中にはおしとやかで品がある男もいるし、頼れる力持ちの女もいる。
男の中にも女らしさはあるし、その逆もまた然り。
果たして男とはなんなのか、女とはなんなのか。
人間をそう綺麗に二分することができるものなのか。
性同一性障害の人など以外にも、遺伝子の関係で100%男、100%女、という人は存在しないらしい。
であれば女らしい男がいても
なにもおかしくはないだろう。

しかし現実はそうはいかない。
女らしい男は女々しいと蔑まれ、奇異な存在とされる。
それは男らしさという虚像に魅せられた人たちの偏見に他ならないのではないか。

人間を勝手に二分してそれらしい活躍を勝手に期待している。
これだと窮屈を感じる人が多いということにも頷ける。
ただ実際に男と女では生物学的な役割は違うし、能力にも違いはある。
それも一般的には、という枕詞付きでしか言えないけれども。
ただそうすることであらゆることがスムーズになる、トイレやスポーツなんかが良い例だ。
しかし近年スポーツにおいてジェンダーに関わる問題が出てきている。

多様なものを体系化して枠にはめる行為は非常にラクだ。
物事をシンプルに考えることの一環なのかもしれない。ただそこにはいくつもの危険が潜んでいるということも併せて考えるべきであろう。

そしてそのような問題を、答えがないとしても考え続けることが重要だ。