2月28日(木) 午後5:50
「柚月」が誕生するまで…
2月25日(月)
午前4:30頃、「おしるし」がありました
2月26日(火)
午前1:30過ぎ、腰が、"ずしーん"と痛み出す…
間隔が10分になったり1時間だったり。
これは「全駆陣痛」の始まり。
満月
効果か
この日ずーっとこんな感じで、全く眠れず
午後4:00頃、お風呂に入って体を温めたら、急に陣痛の間隔が短くなった
病院に電話したら、
「もう一度お風呂に入って、間隔が5分切ったらまた電話してね」
って…
お願い、もう病院行きたいですっ
午後9:00、間隔が10分を切る…「本陣痛」の始まり
2月27日(水)
午前4:00、間隔が5分を切ったので、病院に入院
子宮口は6㌢に開いてた
順調に行けば、午前中には産まれるかな?
ところが…
子宮口は、8㌢まで開いてきたのに、骨盤に赤ちゃんが引っ掛かって、なかなか下りて来られず
私の寝不足もあり、本番に向けて体力消耗し過ぎないように、無痛分娩に切りかえ麻酔を打ち、痛みを押さえて睡眠をとり、廊下や階段を歩いたりして、下りて来るのを待ちました
でも、2時間で麻酔が切れ、また腰が割れるような痛み
その繰り返しで…
2月28日(木)
5本ぐらい麻酔打ったかなぁ
そしたら熱が出てきちゃって
もう、これ以上打てないと…
私は、なかなか下りて来れない赤ちゃんが
、苦しそうで可哀想で、
「帝王切開にして下さい!」
って、何度もお願いしました
でも、子宮口は開いてきてるし、できる限り、自然分娩にした方がいいって…
すると院長先生が、
「お手伝いしてあげるから、3回だけ、いきんでごらん。3回だけ頑張れる?頑張れないなら、帝王切開でもいいよ」
私は、先生を信じて、頑張ることにしました。
吸引分娩で、院長先生が引っ張ってくれて、助産婦さんが、心臓マッサージぐらいの、ものすごい力で、二人がかりで私のお腹を押す
私はその力に耐え、汗だくになっていきみました
そして3、4回いきんで、頭が出てきました
先生が、
「いやぁ~大きいぞ~
」
って、大きな魚を釣り上げたかのような感じで引っ張ってました
そして…午後5:50
「おめでとう!頑張ったね!」
「立派な男の子だよ~♪」
先生と助産婦さんの声。
「オギャー」
と泣く、赤ちゃんの声。
フリースタイルという形ではなく、分娩台での出産になったけど、ダンナさんも全駆陣痛から腰を擦ってくれたり、陣痛が来るたびに一緒に呼吸法もしてくれたり、ずーっと付き添って、立ち会ってくれました
産まれた瞬間、「ありがとう」って二人で泣いて、ダンナさんがヘソの緒を切ってくれました
30歳の時から病院へ通い始め、排卵誘発剤を使ってのタイミング法、人工受精、体外受精、と、不妊治療の列車にずっと乗ってきた感じでした。
この列車は、いつでも降りられる、いつでも諦めることはできました。
けど、私の体が理由で簡単に諦めることは出来ず、ダンナさんに申し訳ない気持ちでずっといました。
友達からの
「赤ちゃんが出来ました」
の報告…
親戚や近所から、
「赤ちゃんは?」
って聞かれ…
体調不良で仕事を休むと、生徒のお母さんから、「出来たんですか?」って聞かれる…
落ち込んで泣いて、ダンナさんにあたって、もういいやって思ったり。
私だって、結婚したら赤ちゃん出来ると思ってたよ
でも…
結婚してずっと出来なかった10年間、二人で、旅行に行ったりキャンプしたり、色々な所へ出掛けました
これからは、3人です
意味のある10年間だったと思えます。
体外受精をやってみて、普通の人には出来ない経験、感動を知ることが出来ました
なかなか出来ない事情を知って、応援してくれた人
赤ちゃんが出来た時に一緒に喜んでくれた人
私には、支えてくれた人達がたくさんいました
みんなに感謝の気持ちでいっぱいです
分娩所要時間45時間
という、聞いたことないような時間ですが、女にしか出来ない経験ができました
退院して1週間がたち、リズムはまだまだつかめていませんが、お世話をしている毎日が幸せです
長くなってしまいましたが、私の大切な出産記録として、書かせてもらいました
読んでくださり、見守ってくださり、ありがとうございました
Android携帯からの投稿
「柚月」が誕生するまで…
2月25日(月)
午前4:30頃、「おしるし」がありました

2月26日(火)
午前1:30過ぎ、腰が、"ずしーん"と痛み出す…
間隔が10分になったり1時間だったり。
これは「全駆陣痛」の始まり。
満月
効果か
この日ずーっとこんな感じで、全く眠れず

午後4:00頃、お風呂に入って体を温めたら、急に陣痛の間隔が短くなった

病院に電話したら、
「もう一度お風呂に入って、間隔が5分切ったらまた電話してね」
って…
お願い、もう病院行きたいですっ

午後9:00、間隔が10分を切る…「本陣痛」の始まり

2月27日(水)
午前4:00、間隔が5分を切ったので、病院に入院

子宮口は6㌢に開いてた

順調に行けば、午前中には産まれるかな?
ところが…
子宮口は、8㌢まで開いてきたのに、骨盤に赤ちゃんが引っ掛かって、なかなか下りて来られず

私の寝不足もあり、本番に向けて体力消耗し過ぎないように、無痛分娩に切りかえ麻酔を打ち、痛みを押さえて睡眠をとり、廊下や階段を歩いたりして、下りて来るのを待ちました

でも、2時間で麻酔が切れ、また腰が割れるような痛み

その繰り返しで…
2月28日(木)
5本ぐらい麻酔打ったかなぁ

そしたら熱が出てきちゃって

もう、これ以上打てないと…
私は、なかなか下りて来れない赤ちゃんが
、苦しそうで可哀想で、
「帝王切開にして下さい!」
って、何度もお願いしました

でも、子宮口は開いてきてるし、できる限り、自然分娩にした方がいいって…
すると院長先生が、
「お手伝いしてあげるから、3回だけ、いきんでごらん。3回だけ頑張れる?頑張れないなら、帝王切開でもいいよ」
私は、先生を信じて、頑張ることにしました。
吸引分娩で、院長先生が引っ張ってくれて、助産婦さんが、心臓マッサージぐらいの、ものすごい力で、二人がかりで私のお腹を押す

私はその力に耐え、汗だくになっていきみました

そして3、4回いきんで、頭が出てきました

先生が、
「いやぁ~大きいぞ~
」って、大きな魚を釣り上げたかのような感じで引っ張ってました

そして…午後5:50
「おめでとう!頑張ったね!」
「立派な男の子だよ~♪」
先生と助産婦さんの声。
「オギャー」
と泣く、赤ちゃんの声。
フリースタイルという形ではなく、分娩台での出産になったけど、ダンナさんも全駆陣痛から腰を擦ってくれたり、陣痛が来るたびに一緒に呼吸法もしてくれたり、ずーっと付き添って、立ち会ってくれました

産まれた瞬間、「ありがとう」って二人で泣いて、ダンナさんがヘソの緒を切ってくれました

30歳の時から病院へ通い始め、排卵誘発剤を使ってのタイミング法、人工受精、体外受精、と、不妊治療の列車にずっと乗ってきた感じでした。
この列車は、いつでも降りられる、いつでも諦めることはできました。
けど、私の体が理由で簡単に諦めることは出来ず、ダンナさんに申し訳ない気持ちでずっといました。
友達からの
「赤ちゃんが出来ました」
の報告…
親戚や近所から、
「赤ちゃんは?」
って聞かれ…
体調不良で仕事を休むと、生徒のお母さんから、「出来たんですか?」って聞かれる…
落ち込んで泣いて、ダンナさんにあたって、もういいやって思ったり。
私だって、結婚したら赤ちゃん出来ると思ってたよ

でも…
結婚してずっと出来なかった10年間、二人で、旅行に行ったりキャンプしたり、色々な所へ出掛けました

これからは、3人です

意味のある10年間だったと思えます。
体外受精をやってみて、普通の人には出来ない経験、感動を知ることが出来ました

なかなか出来ない事情を知って、応援してくれた人

赤ちゃんが出来た時に一緒に喜んでくれた人

私には、支えてくれた人達がたくさんいました

みんなに感謝の気持ちでいっぱいです

分娩所要時間45時間

という、聞いたことないような時間ですが、女にしか出来ない経験ができました

退院して1週間がたち、リズムはまだまだつかめていませんが、お世話をしている毎日が幸せです

長くなってしまいましたが、私の大切な出産記録として、書かせてもらいました

読んでくださり、見守ってくださり、ありがとうございました

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