「シンさん!写真撮っていい?」
空港からのタクシーの中、
私は流暢な、日本語を話していた。
「うーん、いいよ。
明日から何してますか?
タージマハルは?」
日本語ペラペラな案内人シンさん。
森がよく似合う、熊のような人だ。落ち着いた、深みのある声を発する。
「タージマハル、観たいけど、今回は観光目的じゃないの。」
「タージマハル観るなら、明日行かないと。
休みになっちゃうんだよ。タクシー、出せるけどどうする?」
シンさんは、まるで私の話を聞いていないみたいだ。押しが…強い。
本からの情報に脅され、
そのような対応に疑心的になっていた。
「どうもありがとう。後で行きたくなったら電話するね。」
とりあえず曖昧な生返事でインターバルをおく。
車窓からインドを眺めた。
暗い闇の中に
砂埃とオレンジのぼんやりとした灯り。
普通なら、思えば遠くに来たもんだ、という類いの回想シーンが期待されるところだが、
私の心臓は高鳴り、そのような暇は与えられなかった。
なぜならば、鉄の扉一枚を隔てた反対側で、古びた車たちが全速力でタイムを競い合っていたからだ。
力の限り、不正々堂々と!
ヴィーーーン!パッパー!ワリコミokナ!
意味もなく、なるべく車の内側に移動する。
これを日本語で「後ずさり」といっただろうか。
ふと黄色と緑の物体が視界を横切る。
それは、オートと呼ばれる、三輪の乗り物で、乗客の身体は剥き出しだった。
「トラック違いや!」
「露出多すぎ!」
思わず口にし、シャッターを切った。
シンさんは、相変わらずタージマハルについて語っていたが、
急にテンションが上がった私を見て、
益々テンション高くタージマハルについて語り出した。
何やそれ!
何やこの状況!
カーチェイスと陽気な熊さん!
「あはははは!
ひゃーーーほーーーうっ!」
閉まらない窓から入りこむ風と砂埃なんて、気にせず、狂ったようにはしゃいだ。
いや、正確にいうと、狂ったのだ。
もう、どうでもいいわ!熊さん、あなたに命を預けた!
私は、今、この瞬間を楽しむわ。
突然、熊さん号はスピードを落とす。
車が、詰まっているようだ。
ドンドン
「マダム!この子が病気なの。」
車が止まると同時に、私の横の窓が叩かれる。
バクシーシ、物乞いだった。
赤ちゃんを抱いた女性が、哀しみを漂わせ、仕切りに車に守られている私に話かける。
私は、無闇に物を渡さない、と決め込んでいた。
これが、彼女の仕事なのだ。
はじめは、リアクションをしないつもりだった。
今、目の前に裸足で、必ずしも健康とは言えない赤ん坊を抱き、私に必死に救いを求める痩せた女性いる。
彼女の息が聞こえる。
彼女の音が聞こえる。
彼女の、生を感じる。
そして、彼女は他の誰でもない、私、に助けを求めている。
百聞、一見に如かず。
耐えられない。
せめてもの思いで、
彼女の目を見て、
「sorry, NO I can't.」
と気持ちを込めていった。
彼女はそんなものは要らない、ただの自己満にすぎない、とわかっていた。
しかし、耐えられなかったのだ。
まるで必死に訴える彼女を、見えてないように対応することを。
その私の反応のせいで、彼女はまたしばらく、私の横を叩き続けることになったのだが、
顔色変えずに未だタージマハルについて話していた、
シンさんの話に加わり、意識をそちらに向けると
彼女は別の車に移っていった。
車が、動き出すと、彼女はまた道路の真ん中の定位置に戻り、気怠げに腰を降ろすのだった。
さっきとは、異なる種の胸の鼓動を、止めることができなかった。
シンさんが、先ほどの女性について、何か語り出すのを期待したが、
彼は決して語らず、何事もなかったかのように、延々と白い大理石のお墓について語り続けるのだった。
そうか。先ほどのことは、事件でも何でもなく、「日常」なのだ。
これが、インドなのだ。
再び始まったカーチェイスで、彼女と自分の行動から全速力で逃げ、
笑いながらも、今後の自分のなすべき事を考えざるを得なかった。
つづく。
iPhoneからの投稿




ーーーつ

10日間賞味期限が切れたインドカレーです



ひゃっほーい
