お久しぶりです

新年のご挨拶をしてないまま

気がついたら桜が咲き出し、新学期の季節に突入しそうです。

 

体調ですが、その後はゆるゆる回復をしていき

メニエールによる眩暈はほぼ無くなりました。

耳の方が低気圧時にちょっと過敏気味になり食器がカツンと音を鳴らすと

ちょっと響くことがあり。

十一月のような症状の再発は絶対避けたいので

気をつけてまいりたいと思います。

 

猫達も元気です♪

 

水飲み後の水滴がちょっとついてるルイ

 

 

タンスの上の昴

 

マフラーに埋もれるノアさん

 

 やっと青空が見えた昨日の午後の桜🌸

東京近辺は桜と春の長雨前線が重なって

ちょっと残念な感じですが

気温が低い山の上のせいか思ったよりは桜が持ちそうな気がします。

 

インスタの方でお友達の綺麗なお花の動画に見惚れながら

私もそちらの方で桜の写真や動画をちょこちょこ投稿しているこの頃です。

 

花曇の今年の母校の桜並木

 

桜の季節になると

桜の時期に見送った父と

桜大好きだった母を想い出すという話は

旧ブログから何度もしてきて、

もうそろそろ話を聞かされる方はくどいかもしれない💧と、控えようと思っていたのですが、

 

今日桜動画にインスタ内から(インスタとタイアップ機能なので著作権問題無し)貼れる音楽を検索していた時に

突然母の旅立ちに関してのとある偶然に気づいてソワソワしてしまいました。

それで今これを書いています。

 

小さな自然公園の桜並木

 

父を2008年の春、見送ったその当時は松たか子さんの

『桜の雨、いつか』を良く聴いていました。

その後は父の事で何かしないといけない時は不意にこの曲が頭を流れて

父のお知らせ曲になってたりします。

 

そして母。旅立って11年目に入りますが

母を見送って家に帰ってきた当時、とあるミスチルの曲がテレビから流れてきて

あまりにタイムリーな曲でその時は涙涙涙でありました。

 

ただ、タイトルがその時分からなくて

その後、調べてわかったんですけど、

漠然と『花』がタイトルについてるなぁと思ってまた忘れてしまったんですね。

この曲も、以降、母のことで必要な用事の時にふと頭にメロディが突然流れてくることがあります。

 

こちらも母校の川沿い

自転車で散策♪

 

ところで、母が亡くなった時

戒名をお坊さんにお願いすることになったんですが

桜が好きだったから、『桜』を入れてもらえるといいかなぁと

桜が好きだった旨の話をお寺さんにファックスで送ったのですが

 

お坊様から頂いた戒名は『桜』が入ってはいなくて

「桜がお好きだったそうですから、花香る月…そんな意味を込めて

香月という字を入れさせて頂きました」

とのことでした。

 

(もっとストレートにお願いするべきだったー🥺いやでも付け方に決め事があるのかも)とちょっと戸惑い

別に母からの遺言ではなかったけれど、ちょっと申し訳なく思っていました。

 

あ、戒名自体は私自身にはなんでもいいと思っている人です。

 

しかし母の場合ですが母が元気な時、

「戒名は夫婦で位を合わせるべき」とか母的こだわりを言い残してたので(・・;)

遺言といえばそれくらいだったのでそれは守っておこうと思いました。

戒名をつけるにあたりお坊さんがめちゃめちゃベンキョーしてくれたのはそれはほんと助かりました。

 

お位牌は黒地にピンクの貝細工で桜の絵が綺麗に入ってます。

 

氏神様のおかめ桜🌸の花びらで染まった参道

 

さて、やっと本題になります

(前説長)

 

今年も桜の季節🌸

松さんの曲を添えて桜散策の動画をインスタにアップし終えて

それじゃ今度は別の桜動画にミスチルの曲をつけてアップしようかな?

とインスタの機能から検索しようとミスチルの曲を検索し始めて

今日、改めて花の〜なんだったかなぁ?

とタイトルを確認したのですが

 

ヒットしたタイトルは『花の匂い』でした。

私は貝になりたいという、

中居くんバージョンの映画でタイアップされた切ない美しい曲。

知っている方が多いかもですがとっても素敵な曲です。

 

花の匂い…

それから戒名の香月。花香る…月…

 

ピッタンコだわ…

 

11年経って答え合わせをしたような気持ちになりました💧

もっと早く気付いても良かったのでは〜💦

多分お坊様がつけてくださった名前できっと良かったんですね。

 

 

命を見送る時、あれでよかったかな?と

思うことが誰でもあるかと思います。猫ちゃんでも人間でもどんな命でも。

 

私の場合家族が亡くなる時、これまたキツイですが予告夢を見るんです。

 

山梨に住んでた祖母の時は、祖母が自分のお葬式のお膳を並べて

自分で朗らかに用意している夢を見ました(・・;)

父と母の時もそれぞれ違う表現でそれとわかる夢を見させられてます。

 

こういったことはほぼ身内の事なので、多分クッション的な自衛本能だと思います。

しかし心臓に良くないので見たくない夢ですね〜。

 

 

でも、こう、寿命って

もうそろそろこの辺までだからね、って決まっていたりするのだろうなって

そう思うこともできるんです。

色々後悔することはあっても、私にはどうにも出来ない事だったのかもしれないなって。

ああすればこうすればと不甲斐なく思っても

きっともう仕方なかったことだったのだと思うことができるのですよね。

 

私は命については永遠の存在だと思ってるし、ややちょっと達観している部分が

人よりもしかしたらある気がするのですが

それでも消化しきれないことが沢山やっぱりあるので

こういった偶然を見つけることで何か解消されたりもするんですよね。

 

面白いなって今日またびっくりした次第です。

こじつけ的なお話に長々お付き合いくださり恐縮です。

 

命を見送ると消化出来ないことがある人沢山いらっしゃると思います。

でもどこかにサインが落ちているかもしれません。

必要な人がいましたら、その大事なサインが見つかりますように。

 

 

桜前線に先駆けて

いつも優しい人が(女性ですよ♡)

素敵な桜のカードを送ってくれました♪

誕生日の時も素敵な梅のカードを送ってくれて癒されました〜💕

有難うございます☺️ 

 

 

 

 

 

(インスタは癒し目的の静かな場所なので積極的なフォローもしてませんし

フォロバも内容的なものによってはしないこともあり

万が一失礼な事にならないよう今のところは貼らないようにしてます

SNS共通、銀河の取説はブログプロフィールを参考にどうぞ♡)