真知子先生: 「みなさん年末年始のお休みはゆっくり寝れましたか~?」
生徒たち: 「はぁ~い★」
真知子先生: 「みなさん今年の抱負は何にするかもう考えましたか?」
生徒たち: 「先生、抱負って何ですか?」
真知子先生: 「抱負っていうのは目標みたいなものです。今年一年はこういうことをしたいなぁっていうことを年の初めに考えるんです。みなさんはどうですか?」
生徒A: 「先生、ボクは今年算数のテストで100点取ることです。」
生徒B: 「先生、ボクは宿題を忘れて廊下に立たされる回数を減らすことです。」
真知子先生: 「みなさんとてもいい目標ですね」
生徒C: 「真知子先生の抱負は何なんですか?」
生徒D: 「そうだ、真知子先生の目標は何なんですか?」
真知子先生: 「そうですね・・・わたしの目標は彼氏を作ることです。」
生徒たち: 「・・・・・・・・・」
真知子先生: 「・・・・・み、みんなにはまだこの冗談は早かったみたいね・・・・・」
「ところで、今日はみなさんと靴下について考えてみたいと思います。最近は真冬で寒いですから靴下をはいて寝るという人もいるでしょう。実際、足を暖めるというのは体を温めるいい方法みたいですね。わたしも実は靴下をはいて寝ています。」
生徒B: 「先生オイラもそうしています、じいちゃんがそうしたほうが風邪ひかねぇぞって言ってました。」
真知子先生: 「そうかもしれないわね、お年寄りの言うことには知恵があるから聞いたほうが益になるとも言うしね。だからB君は冬でも強いのかもね。ところで靴下が自分にとってどれほど大切な存在か考えてみたことはありますか?」
生徒C: 「大切な存在ってどういうことですか・・・?」
真知子先生: 「そうね、たとえばC君、あなたにとって大切な人とは誰ですか?」
生徒D: 「お父さんとお母さんとインコと友達」
真知子先生: 「へ~インコもC君の大切な“人”なのね、このように自分の家族や友達は自分にとって大切な存在です。その人たちがいなくなると困ったり、悲しくなったりするからです。靴下もそうだと思いませんか?A君、この世の中に靴下がなかったらどうだと思いますか?」
生徒A: 「靴をはだしではかなきゃ行けないから痛いよね」
生徒D: 「それに霜焼けとかにもなるかも。すぐ足臭くなるし」
真知子先生: 「そのとおりよね、そしてB君がそうであるように靴下をはくことによって病気にならないですんでいる人もいるのです。靴下がなかったら困りますよね。」
生徒E: 「先生、靴下がなかったら困るっていうのは分かりますけど、悲しくなるんでしょうか?」
真知子先生: 「いい質問ですね。靴下がなかったら悲しくなるか。悲しみというのはどっちかというと持っていたものを失くしたときに生じることが多いですから、靴下を失くした時の事を考えてみたらどうでしょうか?」
生徒E: 「靴下を失くした時・・・かぁ・・・・」
生徒F: 「わたし、自分の気に入っている靴下がなくなったり盗まれたりしたらとても悲しいと思うわ。」
生徒E: 「そうか、気に入っている靴下が取られたらやっぱり悲しいな。」
真知子先生: 「そうですよね、それにこれから10年間けっして靴下をはいていけないという法律ができたらどうですか、みんな困るし悲しがるんじゃないでしょうかね。
このように、靴下はわたしたちの生活の中で大切な、欠かせない存在になっているのですね。」
このクラスで行われた活発な靴下に関する討論はけっして無意味なものではありません。
わたしたちは常に生活の中での些細なこと、些細なものを軽視する望ましくない傾向を持っているからです。
たとえば石鹸で手を洗うことを人はなんでもないこと、些細なこととみなすかもしれません。でも石鹸で手を洗うことにより実のところ数多くの人名が救われているのです。小さなことに見えることが実は大きなことだったりすることがあるんですね。
ソックスに関してもそう言えるかもしれません。大切に扱わなければすぐ擦り切れたり汚れたりしてしまいます。ソックスがどれだけわたしたちにとって大切な存在かを考えることによって、大切な仕方で、長持ちできるような仕方で扱えるようになるかもしれませんね。