hiroチャンのブログ -431ページ目

あの頃のキミは可愛かった・・・。



ご主人様は言いました・・・。



あなた達に新しい兄弟を
連れて来たと・・・。



それはマイクロブタだった・・・。







ぼく達はてっきり犬の
兄弟だと思っていたのに・・・。



それも、ご主人様が

マイクロブタちゃんはカワイイねぇ!

本当にカワイイ

と誉めるのでつい油断していたら・・・。





ぼく達と同じモノ食べているのに・・・



あの頃の可愛らしさは
見る影も無く
逞しく成長しています・・・。











ご主人様!マイクロブタってぇ

騙されてないッスかぁ?









マイクロブタ、ミニブタをペットとして飼育を始めた方々の中には、ブームに便乗した悪質な業者から、畜産用のブタさんをミニブタ、マイクロブタと称して購入させられたケースも少なくないようでありますが、愛情注いだブタさんはサイズが大きくなってもカワイイ家族の一員なのでしょう。






.


Natural Born Killers


【ウディ・ハレルソン】
Woody Harrelson
アメリカ合衆国テキサス州ミッドランド生まれの俳優。悪役やスキャンダラスな役を得意とする。



本名:Woodrow Tracy Harrelson
生年月日:1961年7月23日
出生地:アメリカ合衆国テキサス州ミッドランド
身長:177cm
職業:俳優
ジャンル:映画・テレビ
活動期間:1978年 -
配偶者:ナンシー・サイモン(1985年 - 1986年)

ローラ・ルイ(1998年 - ) 


《主な作品》
映画
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』『ラリー・フリント』『ノーカントリー』『ゾンビランド』『メッセンジャー』『ハンガー・ゲーム』シリーズ、『グランド・イリュージョン』シリーズ、『猿の惑星: 聖戦記』『スリー・ビルボード』『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』
テレビドラマ

『チアーズ』『TRUE DETECTIVE/二人の刑事』 


受賞
放送映画批評家協会賞
アンサンブル演技賞
2017年『スリー・ビルボード』
エミー賞
助演男優賞(コメディシリーズ部門)
1989年『チアーズ』
ゴールデンラズベリー賞
最低助演男優賞
1994年『幸福の条件』
全米映画俳優組合賞
キャスト賞
2007年『ノーカントリー』
2017年『スリー・ビルボード』

《略歴》
マフィアの雇われ殺し屋の父と、弁護士秘書の母の間に生まれる。父チャールズは1968年と1978年に殺人を犯し(1978年の事件は連邦判事を銃殺)、終身刑となり、服役中に死去。父はまた、ジョン・F・ケネディ暗殺の実行者の一人と名乗っていたこともある。兄と弟がおり、弟のブレット・ハレルソンは俳優である。

ハノーヴァー大学卒業後、ニューヨークへ渡り、演技を学ぶ。ニール・サイモンの舞台でデビューし、テレビ・シリーズ『チアーズ』でお茶の間の人気を獲得した。1992年から本格的に映画界に活動の場を移し、1994年、オリバー・ストーン監督の話題作『ナチュラル・ボーン・キラーズ』で頭角を現す。翌々年には、ミロシュ・フォアマン監督の『ラリー・フリント』で実在のポルノ雑誌編集者を演じてアカデミー主演男優賞にノミネートされた。危険な男だけでなく間抜けな男も演じられるのが強み。
演技の実力はあるものの、数々の問題行動を起こすことでも有名。1983年、道路で踊り狂い交通渋滞を引き起こした上に警官を殴って逮捕されたのを皮切りに、1996年にマリファナを栽培して逮捕、同じ年には環境保護を訴えてゴールデンゲートブリッジに登り逮捕、2002年にはロンドンでタクシーの後部座席を破壊して逮捕されている。2009年には空港でパパラッチを殴るという事件を起こしたが、パパラッチがゾンビに見えたと釈明した。また、環境保護運動家、反戦活動家、ヨガのインストラクターと様々な顔を持っているが、とりわけ大麻合法化活動家として有名である。

《私生活》
私生活では、1985年にニール・サイモンの娘で歌手のナンシー・サイモンと結婚したが入籍翌日に離婚を申請。10ヶ月後に正式に離婚した。1987年テレビ番組の撮影現場で出会った元アシスタントのローラ・ルイと交際、デニ、ゾーイ、マカーニの3人の娘がいる。一家揃ってコスタリカで原始的な暮らしをしている。2008年12月28日、長年交際してきたローラ・ルイと結婚。ハワイのマウイで挙げた結婚式には、オーウェン・ウィルソン、ショーン・ペン、アラニス・モリセットなど内輪の友人と親族が招かれた。
これまで仕事などの公式な来日はないが、プライベートで来日したことはあるらしく、両国国技館において相撲を観戦している。

《主な出演作品》
映画
公開年 邦題 原題 備考
1985
ワイルドキャッツ/Wildcats

1987
デビルアイランド/Bay Coven テレビ映画

1988
恋人たちのキャンパス/Cool Blue

1991
L.A.ストーリー/恋が降る街/L.A. Story クレジットなし

ドク・ハリウッド/Doc Hollywood

1992
ハード・プレイ/White Men Can't Jump

1993
幸福の条件/Indecent Proposal ゴールデンラズベリー賞最低助演男優賞 受賞

1994
カウボーイ・ウェイ/荒野のヒーローN.Y.へ行く/The Cowboy Way

ナチュラル・ボーン・キラーズ/Natural Born Killers  


1995
マネー・トレイン/Money Train

1996
心の指紋/The Sunchaser

キングピン/ストライクへの道/Kingpin

ラリー・フリント/The People vs. Larry Flynt, アカデミー主演男優賞 ノミネート
ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ドラマ部門)ノミネート

1997
ウェルカム・トゥ・サラエボ/Welcome to Sarajevo

ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ/Wag the Dog

1998
レア魔性の肉体/Palmetto

シン・レッド・ライン/The Thin Red Line

ハイロー・カントリー/The Hi-Lo Country

エドtv/Edtv

1999
マイ スウィート ガイズ
Play It to the Bone

オースティン・パワーズ:デラックス/Austin Powers: The Spy Who Shagged Me

2000
N.Y.式ハッピー・セラピー/Anger Management

2004

ダイヤモンド・イン・パラダイス/After the Sunset 



2005
ビッグホワイト/The Big White

スタンドアップ/North Country

2006
今宵、フィッツジェラルド劇場で/A Prairie Home Companion

スキャナー・ダークリー/Scanner Darkly

2007
ノーカントリー/No Country for Old Men

南京/Nanking

2008
バトル・イン・シアトル
Battle in Seattle

暴走特急 シベリアン・エクスプレス/Transsiberian

俺たちダンクシューター/Semi-pro

10日間で彼女の心をうばう方法/Management

7つの贈り物/Seven Pounds

2009
メッセンジャー/The Messenger インディペンデント・スピリット賞助演男優賞 受賞

アカデミー助演男優賞 ノミネート 



ディフェンドー 闇の仕事人/Defendor

ゾンビランド/Zombieland  


2012/2012

2010
BUNRAKU/Bunraku

2011
ステイ・フレンズ/Friends with Benefits

ランパート 汚れた刑事/Rampart

2012
ゲーム・チェンジ 大統領選を駆け抜けた女/Game Change テレビ映画

ハンガー・ゲーム/The Hunger Games

セブン・サイコパス/Seven Psychopaths

2013
グランド・イリュージョン/Now You See Me

ファーナス/訣別の朝/Out of the Furnace  



ハンガー・ゲーム2/The Hunger Games: Catching Fire

2014
ハンガー・ゲーム FINAL: レジスタンス/The Hunger Games: Mockingjay - Part 1

2015
ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション/The Hunger Games: Mockingjay - Part 2

2016

トリプル9 裏切りのコード/Triple 9  



グランド・イリュージョン 見破られたトリック/Now You See Me 2

ある決闘 セントヘレナの掟/The Duel

LBJ ケネディの意志を継いだ男/LBJ

スウィート17モンスター/The Edge of Seventeen

2017
ウディ・ハレルソン ロスト・イン・ロンドン
Lost in London 出演兼監督・製作・脚本

ウィルソン/Wilson

猿の惑星: 聖戦記/War for the Planet of the Apes

ガラスの城の約束/The Glass Castle

スリー・ビルボード/Three Billboards Outside Ebbing, Missouri アカデミー助演男優賞 ノミネート

記者たち 衝撃と畏怖の真実/Shock and Awe

2018
ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー/Solo: A Star Wars Story

ヴェノム/Venom

2019
ザ・テキサス・レンジャーズ/The Highwaymen / Netflixオリジナル映画

ゾンビランド:ダブルタップ/Zombieland: Double Tap  



ミッドウェイ/Midway

2021

ケイト/Kate Netflixオリジナル映画 


ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ(原題)/Venom: Let There Be Carnage 


 2022 

マン・フロム・トロント/The Man from Toronto  

逆転のトライアングル/Triangle of Sadness 

2023 
チャンピオンズ/Champions  出演兼製作総指揮 日本劇場未公開 

2024 
サンコースト/Suncorst 

フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン/Fly Me to the Moon 

2025 
エレクトリック・ステイト/The Electric State  

Last Breath  


Now You See Me 3 

TBA
Ella McCay 撮影中



テレビ
放映年 邦題/原題 備考
1985-1993 チアーズ/Cheers 計200話出演
1989-2019 サタデー・ナイト・ライブ/Saturday Night Live 計4話出演
1994 ザ・シンプソンズ/The Simpsons 第6シーズン第11話
1996 スピン・シティ/Spin City 第1シーズン第9話
1999 そりゃないぜ!? フレイジャー/Frasier 第6シーズン第13話
2001-2002 ウィル&グレイス/Will & Grace 計7話出演
2014 TRUE DETECTIVE/二人の刑事/True Detective 計8話出演 兼製作総指揮
2019 サタデー・ナイト・ライブ/Saturday Night Live 計3話出演 
2020- The Freak Brothers 声の出演兼製作総指揮 計5話出演 
2023 White House  Plumbers 出演兼製作総指揮


.

見逃された予兆


【全日空61便ハイジャック事件】 

1999年(平成11年)7月23日に発生したハイジャック事件。日本におけるハイジャックで人質が死亡した初めての事件。
場所:東京国際空港
標的:全日本空輸(ANA)61便
日付:1999年(平成11年)7月23日
フライトプラン:羽田空港発新千歳空港行
乗務員:コックピットクルー
機長A(当時51歳、以降は「A」と表記)・副操縦士(当時34歳)
客室乗務員:12名
乗客:犯人1名・デッドヘッド数名を含む503人
概要:ハイジャック事件
死亡者:乗員(機長)1名
犯人:旅客機マニア
動機:不明
対処:副操縦士、非番の機長、乗客有志が犯人を取り押さえ東京国際空港へ緊急着陸後に警視庁が犯人を逮捕。

《事件概要》
1999年(平成11年)7月23日午前11時23分、羽田空港発新千歳空港行きの全日本空輸61便(B747-400D)は乗員14人+乗客503人の計517人を乗せて羽田空港を離陸した。離陸直後、搭乗していた男(当時28歳、以下「犯人」と表記)が大声を上げながら立ち上がり、客室乗務員に包丁を突きつけ、コクピットへ行くよう指示。11時25分、機長A(以下「A」と略)より地上管制に「ハイジャック発生」の緊急通報が発せられた。犯人はコクピットへ侵入した後、横須賀への飛行を指示し、Aらは指示に従い南西方向へ変針した。61便は木更津上空を通過して横須賀方面へ飛行し、犯人は続けて伊豆大島方面への飛行を指示した。
午前11時38分、犯人は副操縦士らをコクピットの外へ追い出して扉を閉め、Aと2人でコクピット内に留まった。11時45分には対策本部が設置される。
午前11時47分、61便は横須賀東方付近の上空に到達。三浦半島上空を通過して相模湾上空に入る。犯人は一旦大島方向に南下するコースを指示したあと、目的地を横田基地へと変更して変針するよう指示すると共に、機長に対して自分に操縦を行わせるように要求した(なお、犯人は針路変更等の指示において専門用語を用いていた)。Aは要求に対して男をなだめようと試みたが、11時55分、犯人はAを包丁で刺した後、自ら機体を操縦しようと試み、操縦席に座って実際に操縦行為を始めた。61便は北に変針して神奈川県上空を降下しながら北上、横田基地付近で急旋回して南下を始めると共に急降下するなど迷走飛行を行う。急速に高度を下げたことから地上接近の警告音が鳴り、危険を感じた副操縦士と、千歳出発便の乗務のためデッドヘッド(非番)で乗り合わせていた機長・B(2006年に定年前退職)、それに乗客からの協力者数名が隙を突いてコックピットに突入。包丁を抱えた犯人を取り押さえて座席に拘束(現行犯人に対する私人逮捕を執行)し、副操縦士とBが機体のコントロールを奪還した。機体を急ぎ上昇させて高度を確保した。
12時3分、副操縦士より犯人を取り押さえた旨とAが刺傷されたことを伝える連絡が入る。副操縦士の操縦により61便は羽田へ引き返し12時14分に緊急着陸した。男は警察に引き渡されたが、Aは乗客として搭乗していた医師により機内で死亡が確認された。犯人が取り押さえられる寸前には機体は2分間に500m以上も高度を下げ、最も低くなった時には、高度200mという超低空飛行状態であった。仮に以降もそのまま降下を続けていれば八王子市南部の住宅街に墜落したと推測されており、その場合は、乗員乗客だけでなく、多数の市民も巻き込んだ大惨事になる可能性があった。
事件当日、羽田からJAL機で大阪伊丹間を1往復し、復路到着後の61便への乗り継ぎ搭乗時に犯人自身が指摘した通り、手荷物検査をやり過ごして凶器(刃物)を機内に持ち込むことに成功し、犯行に及んだと推定されている。
本来は事件発生前日の7月22日に北海道へ1人旅に出かけると親や精神科医に偽って決行する所を、その前日までに父親が複数枚の航空券を、母親が凶器などが入ったバッグを自宅内で発見したことによって犯人の目論みが狂い、1日遅れの凶行となっている。

逮捕された犯人の男は、フライトシミュレーターのパソコンゲームを趣味とする旅客機マニアであり、ハイジャックにおける操縦中には操縦室内の機器などを専門用語で呼んでいた。
事件発生後の報道によれば、犯人は東京都出身で、武蔵中学・高等学校を経て、一浪して一橋大学商学部に入学したという。もともと鉄道マニアで鉄道研究会に所属するが、学園祭での提案が流れてからは、航空へと興味が傾き、羽田で航空貨物の荷役(グランドハンドリング関係)のアルバイトを経験する。1994年(平成6年)3月に卒業し、第1志望の職種(航空会社)ではない大手鉄道会社に総合職で入社した。しかし、単身赴任生活や仕事上のミスなど心身的な不安が募り、1996年(平成8年)秋に無断欠勤を起こしそのまま失踪状態に陥った。
その後、都内の実家に戻るが引きこもり生活となる。1998年(平成10年)春頃から家族の勧めもあって複数の精神科クリニックを受診し、統合失調症や心因反応と診断され、抗鬱剤SSRIやSNRIが大量に処方されていた。その後、服薬などの方法で自殺未遂を繰り返したことから同年秋に家族が警察署に相談し、警察の職権で約2カ月間の措置入院(精神保健福祉法29条による入院)がなされることとなる。退院後も大量の抗精神病薬の投与を受けていたとされている。

東京地方検察庁は精神鑑定を実施後、1999年(平成11年)12月20日に初公判となり、ハイジャック防止法違反(航空機強取等致死)と殺人罪、銃刀法違反の罪に問われ、2005年(平成17年)3月23日、東京地方裁判所(安井久治裁判長)は犯人に対し、無期懲役の判決を言い渡し、控訴せず一審で確定した。判決では、「抗鬱剤」による「心神耗弱」は認められたが、「刑事責任能力」は否定されなかった。
精神鑑定は2度行われており、1度目はアスペルガー障害、2度目は抗鬱剤による影響と鑑定が出されている。
《容疑者の実名報道》
事件発生直後の時点でマスコミが犯人の異常行動あるいは精神科入院・通院歴を把握し、刑事責任能力の是非から実名報道が各社足並みを揃えて見合わされる事態となった。しかし、産経新聞は同月27日の朝刊1面で「重大な犯罪である」とことわりを併載した上で、犯人(容疑者)の実名を記事中に掲載し、同日夕刊には併せて顔写真の掲載がなされた。これ以降、タブロイド紙や週刊誌などで早々と実名掲載した上で様々な記事が掲載され、全国紙や通信社配信記事でも刑事公判時には実名掲載が行われるようになった。

日本で発生したハイジャック事件で犯人を除く乗員・乗客計516人は人質の数としては最多である。
《空港警備上の対応》
この事件を受けて運輸省航空局は、犯人が指摘した羽田空港(第1旅客ターミナル)の「警備保安上の問題点」について急遽臨時予算を投じて対応されるとともに警備が強化され、全国の空港でも同様の保安上の問題点がないかどうかについての調査・対策が行われた。

主立った対策としては、保安検査場の金属探知機感度の引き上げや、盲点となった1階到着ロビー(受託手荷物返却場)入場後の2階ゲートラウンジ(出発口)への後戻りができないよう、専用の自動改札機の設置とその付近で監視する警備員の配置が行われた。これにより犯人が実践した、61便の搭乗手続・セキュリティチェックを経て入場したゲートラウンジから到着ロビーの受託手荷物返却場へ向かい、伊丹からの乗り継ぎ到着便の受託手荷物に入れた凶器を取り出してゲートラウンジへ逆戻りする事でセキュリティチェックを免れて搭乗するという手段は不可能となった。また、それまで機長の裁量で認められてきたコックピットへの一般乗客の見学・立ち入り禁止や、当時18空港しか設置されていなかった受託手荷物検査時のX線透視検査装置を対テロ対策の促進も合わさり、全国のローカル空港や定期運航路線のある離島飛行場へ順次導入されたことなどが挙げられる。



.