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Desperado


【アントニオ・バンデラス】
Antonio Banderas 



本名:ホセ・アントニオ・ドミンゲス・バンデラス
Jos・ Antonio Dom・nguez Banderas
生年月日:1960年8月10日
出生地:スペイン マラガ県マラガ
配偶者:アナ・レサ(1987-1996)
メラニー・グリフィス(1996-2015)
《主な作品》
『デスペラード』
『マスク・オブ・ゾロ』
『スパイキッズ』シリーズ
『シュレック2』
『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』
《受賞》
カンヌ国際映画祭
男優賞
2019年『Dolor y gloria』

《来歴》
スペイン時代
父親は警察官、母親は教師。13歳からマラガの演劇学校で演劇とダンスを学び、20歳でマドリードに移ってからは舞台に立っていた。
1982年にペドロ・アルモドバルの『セクシリア』で映画デビュー。以後、アルモドバル作品の常連となり、「アルモドバルの美神(ミューズ)」などとも呼ばれた。アルモドバル作品以外にも多くの映画に出演し、スペイン映画界のトップスターとなった。この時代はアルモドバル作品に見られるような繊細なキャラクターを特徴としていた。

ハリウッドで1992年に『マンボ・キングス/わが心のマリア』でハリウッドデビュー。『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』や『暗殺者』にも出演、『デスペラード』で主演となり一躍ビッグスターになる。スペイン時代とは異なり、マッチョでセクシーなイメージの役柄が多く、ラテン的なセクシー俳優として有名である。
2003年にはブロードウェイのミュージカル『Nine The Musical』にも出演し、トニー賞にノミネートされた。
2010年には国際連合開発計画の親善大使に任命された。2014年には名誉ゴヤ賞を受賞。2017年にはスペイン映画国民賞を受賞。

1987年にスペイン人女優のアナ・レサと結婚したが、1995年に『あなたに逢いたくて』で共演したメラニー・グリフィスと交際をはじめたために別居。最初の妻とは1996年に離婚し、同年ロンドンでメラニー・グリフィスと再婚した。1997年に一女を儲ける。2015年にメラニー・グリフィスと離婚。

《主な出演作品》
1982
セクシリア/Laberinto de pasiones サデク役

1986
マタドール<闘牛士>・炎のレクイエム/Matador アンヘル役

最も危険な男/Puzzle アンドレス役

1987
欲望の法則/La Ley del deseo アントニオ役

非情のレクイエム/As・ como hab・an sido ダミアン 役

1988
神経衰弱ぎりぎりの女たち/Mujeres al borde de un ataque de nervios カルロス役

凶弾/El placer de matar ルイス役

1989
ボルテージ/Si te dicen que ca・ マルコス役

暴走遊戯/La blanca paloma マリオ役

1990
アタメ/・・tame! リッキー役

インセスト/近親相姦/Contra el viento フアン役

1992
マンボ・キングス/わが心のマリア/The Mambo Kings ネストル・カスティーヨ役

1993
愛と精霊の家/The House of the Spirits ペドロ・テルセロ・ガルシア役

フィラデルフィア/Philadelphia ミゲル・アルヴァレス役

1994
愛の奴隷/Of Love and Shadows フランチェスコ役

インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア/Interview with the Vampire: The Vampire Chronicles アーマンド役

マイアミ・ラプソディー/Miami Rhapsody アントニオ役

1995

デスペラード/Desperado エル・マリアッチ役 




フォー・ルームス/Four Rooms 男役

暗殺者/Assassins ミゲル・ベイン役  






ストレンジャー/Never talk to staranger トニー・ラミレス役

あなたに逢いたくて/Two Much アート役

1996
エビータ/Evita チェ役

1998
マスク・オブ・ゾロ/The Mask of Zorro アレハンドロ・ムリエッタ / ゾロ役

クレイジー・イン・アラバマ/Crazy in Alambama N/A 監督のみ

1999
13ウォーリアーズ/The 13th Warrior アハメッド・イブン・ファラハン役

マイ スウィート ガイズ/Play It to the Bone シーザー・ドミンゲス役

バウンティ・キッド/The White River Kid モラレス・ピットマン役 兼製作

2001
抹殺者/The Body マット・グティエレス神父役

スパイキッズ/Spy Kids グレゴリオ・コルテス役

ポワゾン/Original Sin ルイス・アントニオ・バルガス役

2002
ファム・ファタール/Femme Fatale ニコラス・バルド役

スパイキッズ2 失われた夢の島/Spy Kids 2: Island of Lost Dreams グレゴリオ・コルテス役

フリーダ/Frida ダヴィド・シケイロス役

バリスティック/Ballistic: Ecks vs. Sever ジェレミー・エクス役 




2003
スパイキッズ3-D:ゲームオーバー/Spy Kids 3-D: Game Over グレゴリオ・コルテス役

レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード/Once Upon a Time in Mexico エル・マリアッチ役 






バンデラスの英雄パンチョ・ヴィラ/And Starring Pancho Villa as Himself パンチョ・ヴィラ役 テレビ映画

シュレック2/Shrek 2 プス(長ぐつをはいたネコ) 声の出演

ジャスティス 闇の迷宮/Imagining Argentina カルロス役

2005
レジェンド・オブ・ゾロ/The Legend of Zorro アレハンドロ・デ・ラ・ベガ / ゾロ役

2006
レッスン!/Take the Lead ピエール・デュレイン役

ボーダータウン 報道されない殺人者/Bordertown アルフォンソ・ディアス役

2007
シュレック3/Shrek 3 プス(長ぐつをはいたネコ) 声の出演

2008
あいつはママのボーイフレンド/My Mom's New Boyfriend トミー役

アザーマン -もう一人の男-/The Other Man レイフ 役

2009
ザ・エッグ ~ロマノフの秘宝を狙え~/Thick as Thieves ガブリエル・マーティン役

2010
シュレック フォーエバー/Shrek Forever After プス(長ぐつをはいたネコ)役

恋のロンドン狂騒曲/You Will Meet a Tall Dark Stranger グレッグ・クレメンテ役

ザ☆ビッグバン!!/The Big Bang ネッド・クルス役

2011
私が、生きる肌/La piel que habito ロベル・レガル役

長ぐつをはいたネコ/Puss in Boots プス(長ぐつをはいたネコ)声の出演

エージェント・マロリー/Haywire ロドリゴ役 



2012
ルビー・スパークス/Ruby Sparks モルト役

2013
アイム・ソー・エキサイテッド!/Los amantes pasajeros レオン役

マチェーテ・キルズ/Machete Kills エル・カメレオン4役

2014
33 d・as パブロ・ピカソ役

オートマタ/Aut・mata ジャック・ヴォーカン役

エクスペンダブルズ3 ワールドミッション/The Expendables 3 ガルゴ役 




2015
スポンジ・ボブ 海のみんなが世界を救Woo!/The Spongebob Movie:Sponge Out of Water バーガー・ビアード役

聖杯たちの騎士/Knight of Cups トニオ役 

チリ33人 希望の軌跡/The 33 マリオ・セプルベダ役 


2017

ブラック・バタフライ/Black Butterfly ポール役 


セキュリティ/Security エディ・ディーコン役 

リベンジャー -復讐者-/Acts of Vengeance フランク・ヴァレラ役 Netflix配信版邦題は『ベンジェンス -復讐の自省録-』

バレット・ヘッド/Bullet Head フランク・ヴァレラ役 Netflix配信版邦題は『キラー・ドッグ』

2018
ライフ・イットセルフ 未来に続く物語/Life Itself ヴィンセント・サチョーネ役

2019
ザ・ランドロマット -パナマ文書流出-/The Laundromat ラモン・フォンセカ役

ペイン・アンド・グローリー/Dolor y gloria サルバドール・マロ役
アカデミー主演男優賞ノミネート
カンヌ国際映画祭 男優賞受賞
ヨーロッパ映画賞 男優賞受賞
全米映画批評家協会賞 主演男優賞受賞
ニューヨーク映画批評家協会賞 主演男優賞受賞

ロサンゼルス映画批評家協会賞 主演男優賞受賞   


2020

ドクター・ドリトル/Dolittle 海賊王ラソーリ役  


2021

ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード/Hitman’s Wife’s Bodyguard 大富豪アリストテレス役


2022

アンチャーテッド/Uncharted 大富豪サンティアゴモンカーダ役 


コードネーム: バンシー/Code Name Banshee ケイレブ役 




グーダ殺し屋の流儀/The Enforcer グーダ役 


長ぐつをはいたネコと9つの命/ Puss in Boots: The Last Wish  プス(長ぐつをはいたネコ)役   


2023

インディ・ジョーンズと運命のダイヤル/Indiana Jones and the Dial of Destiny レナルド役  


ベツレヘム・ジャーニー 星の導き/Journey to Bethlehem ヘロデ 


2024 

ジャッジアイズ 復讐捜査線/Cult Killer ミケル・タリーニ 


クリーンアップ 最強の清掃人/The Clean Up Crew ゲイブリエル 日本劇場未公開 


ベイビーガール/Baby.girl ジェイコブ 


パディントン 消えた黄金郷の秘密/Paddington in Peru ハンター・カボット 


TBA 
The Monster of Florence マリオ・スピッツ 撮影中 

〈テレビ〉

放映年 邦題 原題 役名 備考 

2026 

サタデー・ナイト・ライブ/Saturday Night Live 本人(ホスト) 


2018
ジーニアス:ピカソ/Genius パブロ・ピカソ役 第2シーズン。 計10話出演。


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広域重要指定117号事件 - 2


【東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件】

1989年8月10日
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件。強制わいせつ事件で現行犯逮捕されていたMが、1988年8月からの幼女4人の誘拐・殺害を自供。

《第一の事件》
1988年8月22日 - 当時4歳の女児Aが誘拐・殺害される。殺害後しばらくたち、死後硬直で固くなった遺体にわいせつ行為を行う様子をビデオ撮影している。動機について簡易鑑定の問診記録では、鑑定人に「どうして写真だけでは済まなくなったか」を聞かれた際は、第一次鑑定では「よくわかんない」、最後の被告人質問では「急に子供の頃が懐かしくなった」と、証言が曖昧であった。

《第二の事件》
1988年10月3日 - 当時7歳の小学1年生の女児Bが誘拐・殺害される。こちらはすぐさまわいせつ行為をしたが、この時点ではまだわずかに息があった模様で足がピクピク動いていたという犯人の証言がある。動機について供述調書では「何ともいえぬスリルがあった」、第一次鑑定では「よく覚えていない」「一番印象が無い」と述べ、やはり不明瞭。

《第三の事件》
1988年12月9日 - 当時4歳の女児Cが誘拐・殺害される。Cは失禁した。焦ったのか犯人は被害者を山林に投げ捨てた。12月15日、Cの全裸死体発見。12月20日、C宅に葉書が届く。この遺体の発見後、テレビで被害者の父親が「死んでいても見つかってよかった」と発言するのを見た犯人が他の被害者の遺体も送ることを計画するが、Bの遺体を発見できなかった。この際、山道に脱輪してたまたま通った車に助けを求め、「紺のラングレー」「ナンバープレートが3桁」という目撃情報が浮上する。

《犯行声明と告白文》
1989年2月6日 - A宅に紙片と骨片などの入った段ボール箱が置かれる。2月10日には「今田勇子」名でA事件に関する第1の書簡『犯行声明』が朝日新聞東京本社に郵送される。2月11日には同内容の犯行声明がA宅に届く。Aを入間川に沈めて殺したなど、事実と異なるいきさつが書かれていた。3月11日、「今田勇子」名での第2の書簡『告白文』が朝日新聞東京本社とB宅に届く。両書簡とも極端に角張った利き手と反対の手で書かれたとも思える筆跡が特徴であり、筆跡鑑定が行われた。

《第四の事件》
1989年6月6日 - 当時5歳の女児Dが誘拐・殺害される。Dの両手を焼いて食べたとMは罪状認否で述べるが、検察は自己の異常性を強調するため虚偽の事実を述べたものだと論告で主張した。判決では検察側の主張を認め、Mの主張する食人行為は虚偽の疑いが濃厚だとされた。6月11日、Dのバラバラ殺人遺体発見。

《現行犯逮捕》
1989年7月23日 - 東京都八王子市で幼い姉妹を狙った猥褻事件を起こす。妹の全裸写真を撮影中に姉の知らせを受けた父親に取り押さえられ、現行犯逮捕。父親は「D事件の犯人もまだ捕まっていないのに」と取り押さえたMを責めたが、後日それが連続殺人事件の犯人だと知って愕然としたと当時のマスコミの取材を受けている。

1989年8月9日 - Dの殺害を自供。

1989年8月10日 - Dの頭部発見。犯人のマスコミ報道が始まる。

1989年8月11日 - Dの誘拐・殺人・死体遺棄の容疑で再逮捕。

1989年8月13日 - A・Cの誘拐殺人を自供。

1989年9月1日 - 警察庁広域重要指定117号に指定。

1989年9月2日 - 検察が起訴に踏み切る。

1989年9月5日 - Bの殺害を自供。

1989年9月6日 - 東京都西多摩郡五日市町(現在のあきる野市)でBの遺骨発見。

1989年9月13日 - Aの遺骨発見。
幼女を殺すたび、自宅に藁人形を置いて部屋を暗くし、頭に鉢巻きをして蝋燭を数本付け、黒っぽい服を身に付け手を上げ下げし、祖父復活の儀式を執り行ったとMは裁判で主張した。

《動機》
事件の奇異さから、さまざまな憶測が飛び交い、またM自身が要領を得ない供述を繰り返していることから、裁判でも動機の完全な特定には到っていない。
鑑定に当たった医師たちによると、彼は本来的な小児性愛者(ペドフィリア)ではなく、あくまで代替的に幼女を狙ったと証言されている。「成人をあきらめて幼女を代替物としたようで、小児性愛や死体性愛などの傾向は見られません」(第1次精神鑑定鑑定医 H氏の法廷証言)および「幼児を対象としているが、本質的な性倒錯は認められず…幼児を対象としたことは代替である」(簡易精神鑑定)。
Mは、1989年8月24日に東京地方検察庁の総務部診断室で簡易精神鑑定を受ける。その結果「精神分裂病(当時の呼称で、現在では統合失調症に改称)の可能性は否定できないが、現時点では人格障害の範囲に留まる」と診断されたことから、これを受けて検察は起訴に踏み切っている。
公判開始後の1992年12月18日より、弁護側の依頼により3人の鑑定医により3度目(公判開始後は2回目)の再鑑定が始まる。1994年12月に鑑定書が提出される。その際の鑑定では1人は統合失調症を、2人が解離性同一性障害と異なる鑑定結果を出している。

《裁判から死刑執行まで》
裁判
第一審
1997年4月14日、東京地方裁判所で死刑判決。判決時の被告は時折周囲をしらけた表情で眺めるくらいで、法廷を出る際は薄笑いを浮かべていた。責任能力に関しては、逮捕時の彼にそのような多重人格や統合失調症を疑わせるような異常な反応は見受けられず、逮捕による拘禁反応とみなした場合に最もうまく説明できることを理由に第2回鑑定は採用されず、責任能力は完全に保たれていたとされた。即日控訴。

控訴審
2001年6月28日、東京高等裁判所で一審支持・控訴棄却の判決。同年7月10日、上告。

上告審
2006年1月17日、最高裁判所が弁護側の上告を棄却。弁護側は判決訂正を求めたが、2006年2月1日に棄却。

死刑執行
2008年6月17日、東京拘置所で死刑が執行された。Mは冷静に執行を受け入れ、またMの母親は遺体との対面後に、処置については拘置所に任せたという。


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広域重要指定117号事件 - 1


【東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件】

1989年8月10日
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件。強制わいせつ事件で現行犯逮捕されていたMが、1988年8月からの幼女4人の誘拐・殺害を自供。

1988年(昭和63年)から、翌1989年(平成元年)にかけ、東京都北西部・埼玉県南西部で相次いで発生した、幼女を対象とした一連の連続誘拐殺人事件である。被疑者として逮捕・起訴されたMは、刑事裁判で一貫して無罪を主張したが、第一審・控訴審・上告審と、一貫して死刑判決を受け、刑を執行されるに至った。

東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件
正式名称:警察庁広域重要指定117号事件
場所:東京都北西部・埼玉県南西部
日付:1988年 - 1989年
死亡者:幼女4人
犯人:M
容疑:誘拐・殺人・死体遺棄
対処:逮捕・起訴
謝罪:なし
刑事訴訟:死刑(執行済み)

この事件は、4歳から7歳という低い年齢の女児が被害者となり、犯行声明を新聞社に送り付ける・野焼きされた被害者の遺骨を遺族に送りつけるなどの、極めて異常な行動を犯人が取ったことから、欧米を中心に多発する児童への性的暴行を目的とした誘拐・殺害事件などとの比較も行われ、戦後日本犯罪史上にて初めてプロファイリングの導入が検討された。
特異性が強い事件であったため、事件発生当初から激しい報道合戦が繰り広げられ、後に犯人の父親が自殺したことで「メディアスクラム」をはじめとする報道のあり方が疑問視された事件でもあった。

1989年7月23日、この事件の犯人であるMが、東京都八王子市美山町で、別件のわいせつ事件を起こしているところを被害者の父親に取り押さえられ、八王子警察署に現行犯逮捕された。
取り調べが行われる中で、8月9日に連続幼女誘拐殺人事件の一部の事件への関与を認める供述を始める。8月10日に供述どおりに遺体が発見され、その日の夕刊とテレビから大々的な実名報道が始まる。8月11日に誘拐と殺人の容疑で再逮捕され、以後9月にかけて4つの事件への関与を次々と供述する。またMは逮捕される前から過去の性犯罪者リストによって捜査線上に浮かんでいたとも言われている。
Mが自室に所有していた「5,763本もの実写ドラマなどを撮影したビデオテープ」を家宅捜索により押収した警察側は、これらを分析するために74名の捜査員と50台のビデオデッキを動員した。2週間の捜査によって、被害者幼女殺害後に撮影したと見られる映像を発見した。そして1989年9月2日に起訴に踏み切り、後にMの供述により遺体が発見されたため、一連の事件犯人として追起訴した。

Mは公判において、「犯行は覚めない夢の中でやった」「ネズミ人間が現れた」「俺の車とビデオを返せ」など、不可解かつ身勝手な発言を繰り返していた。

1997年4月14日に東京地方裁判所で死刑判決が下る。通常、死刑を宣告する際は被告人の精神状態を考慮して判決理由を朗読した上で主文を後回しにするが、この裁判では例外として冒頭で主文を言い渡された。控訴するも、2001年6月28日に東京高等裁判所でも控訴棄却され、一審判決の死刑を支持。弁護側は、宮崎が東京拘置所で幻聴を訴え、継続的に投薬を受けていることなどを挙げ、高裁に差し戻して再鑑定するよう求め上告したが、2006年1月17日に最高裁第3小法廷は、弁護側の上告を棄却、死刑が確定した。

死刑確定後、手紙の中で絞首刑に対する恐怖を訴えており、アメリカで行われるような薬殺刑を希望していた。これについてはMが獄中で書いた手紙をまとめた著書に詳しく記されており、絞首台から落下する瞬間を「どん底の恐怖に陥れられ、それは人権の侵害にあたる」と主張している。また同書の中で自身の最高裁判決が大きく報道されたことを「やっぱり私は人気者だ」と語り、殺害した被害者や遺族に対しての思いのほどを問われ「特に無い。いいことができて良かったと思う」と答えた。

2008年6月17日、鳩山邦夫法務大臣(当時)の下により東京拘置所に於いてMの死刑が執行された。Mの口から遺族に対する謝罪、事件に関する反省の念が語られることはついに最期までないままであった。


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