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地獄の7人 Uncommon Valor


【パトリック・スウェイジ】
Patrick Swayze 




アメリカ合衆国の俳優、ダンサー。
本名:パトリック・ウェイン・スウェイジ
Patrick Wayne Swayze
生年月日:1952年8月18日
没年月日:2009年9月14日(満57歳没)
出生地:テキサス州ヒューストン
国籍:アメリカ合衆国
ジャンル:俳優
活動期間:1979年 映画デビュー
活動内容:映画、テレビドラマ

配偶者:リサ・ニエミ(1975年~)


主な作品
『アウトサイダー』
『ダーティ・ダンシング』
『ゴースト/ニューヨークの幻』

テキサス州ヒューストン出身。バレエ教室の経営者で振付師でもある母の影響で、幼少の頃からバレエの英才教育を受けて育つ。バレエの劇団員時代を経て、ブロードウェイの舞台で活動。
1979年にローラーディスコをテーマにした映画『Skatetown, U.S.A.』で、映画俳優デビュー。1981年にはアメリカの人気テレビドラマ『マッシュ』(M*A*S*H,Episode 9"Blood Brothers")に出演。1983年の映画『アウトサイダー』では、C・トーマス・ハウエル、ラルフ・マッチオ、マット・ディロン、ロブ・ロウ、ダイアン・レイン、エミリオ・エステヴェス、トム・クルーズらと共演し、ブラット・パックの一員とみなされることもあった。『ダーティ・ダンシング』では得意のダンスを披露し、『ゴースト/ニューヨークの幻』の世界的大ヒットで人気を不動のものとした。
2008年1月に4期膵臓癌を診断されたことを告白、約20ヶ月の闘病生活の末、2009年9月14日に膵臓癌で死去。57歳没。癌を宣告されてからも、テレビドラマ『ザ・ビースト』に出演するなど仕事を続けた。2008年9月にはガン撲滅運動「スタンドアップ・トゥ・キャンサー」に参加していた。

バレエの修行時代に知り合った同郷の女優リサ・ニエミと1975年に結婚している。

弟のドン・スウェイジも俳優である。


主な出演作
《映画》
1980
カムバック・キッド/The Comeback Kid チャック役 テレビ映画

1981

イーグルライダー/Return of the Rebels バーンズ役 テレビ映画


1983
アウトサイダー/The Outsiders ダレル・カーティス役

地獄の7人/Uncommon Valor ケヴィン・スコット役 







1984
グランドビューU.S.A./Grandview, U.S.A. スラム役

若き勇者たち/Red Dawn ジェド役 


1986
栄光のエンブレム/Youngblood デレク・サットン役

1987

ダーティ・ダンシング/Dirty Dancing ジョニー・キャッスル役 



スティール・ドーン/太陽の戦士/Steel Dawn ノマッド役

1988
故郷への遠い/Tiger Warsaw タイガー役

1989
ロードハウス 孤独の街/Roadhouse ジェームズ・ダルトン役

パトリック・スウェイジ/復讐は我が胸に/Next of Kin トルーマン・ゲイツ役 


1990
ゴースト/ニューヨークの幻/Ghost サム・ウィート役 


1991
ハートブルー/Point Break ボーディ役 


1992
シティ・オブ・ジョイ/City of Joy マックス役

ザ・プレイヤー/The Player 本人 クレジットなし

1993
パパと呼ばれて大迷惑!?/Father Hood ジャック・チャールズ役

1995
トール・テイル/パラダイス・ヴァレーの奇跡/Tall Tale ペコス・ビル役

3人のエンジェル/To Wong Foo Thanks for Everything, Julie Newmar ヴィダ 役

WISH ウィッシュ/夢がかなう時/Three Wishes ジャック・マクラウド役

1998
ブラック・ドッグ/Black Dog ジャック・クルーズ役

ボイスレター/Letters from a Killer レイス・ダーネル役

2001
グリーン・ドラゴン/Green Dragon ジム・ランス役

ドニー・ダーコ/Donnie Darko ジム・カニンガム役

2003
ダンス with me!/One Last Dance トラヴィス役 出演・プロデュース

11:14/11:14 フランク役

2004
ダンシング・ハバナ/Dirty Dancing: Havana Nights ダンス・インストラクター 役

ドラゴン ~竜と騎士の伝説~/George and the Dragon ガース役

キング・ソロモンの秘宝/King Solomon's Mines アラン役 テレビ映画

2005
イコン/Icon ジェイソン・モンク役 テレビ映画

2008
パウダー・ブルー/Powder Blue ヴェルヴェット・ラリー役

《テレビシリーズ》
1985-1986 南北戦争物語 愛と自由への大地/North and South オリー・メイン役 ミニシリーズ

1986
世にも不思議なアメージング・ストーリー5/Amazing Stories エリック・デヴィッド・ピーターソン役 エピソード『Life on Death Row』

2009
THE BEAST/THE BEAST チャールズ・バーカー役 主演で13エピソード


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戦場のピアニスト The Pianist


【ロマン・ポランスキー】
Roman Polanski



本名:Rajmund Roman Liebling
生年月日:1933年8月18日
出生地:フランス パリ
国籍:ポーランド、フランス(二重国籍)
配偶者:Barbara Lass (1959-1962)
シャロン・テート (1968-1969)
エマニュエル・セニエ (1989-)

ユダヤ教徒のポーランド人の父親とカトリック教徒でロシア生まれのポーランド人の母親の間にフランスの首都パリで生まれる。出生時の名前はライムント・ロマン・リープリンク(Rajmund Roman Liebling)。3歳のとき一家はポーランドのクラクフに引越し、そこで幼少期を過ごした。異父兄妹の姉がおり、のちにアウシュビッツに連行されたが、生き延び、その後、パリで暮らしたという。
第二次世界大戦時はドイツがクラクフに作ったユダヤ人ゲットーに押し込められた。ゲットーのユダヤ人が一斉に逮捕される直前、父親はゲットーの有刺鉄線を切って穴を作り、そこから息子を逃がした。父母はドイツ人に別々に連行された。母親はアウシュビッツでドイツ人に虐殺された。また、母親はこの時、妊娠していたとポランスキーは証言している。父親はドイツ人により採石場で強制労働をさせられ、終戦まで生き残った。
また自身も、ドイツに占領されたフランスのヴィシー政権下における「ユダヤ人狩り」から逃れるため転々と逃亡した。この体験がポランスキーの作品に深く影響を与えることとなった。
第二次世界大戦終結後にポーランドへ戻り、生き延びた父親と再会した。その後は映画に興味を持ち、ウッチ映画大学で学んだ後、冷戦下の1950年代にポーランドで俳優として活動を始める。いくつかのポーランド映画に出演後、自由な表現活動を求めてフランスに移った。
1962年に『水の中のナイフ』で監督デビューする。共産党一党独裁体制のポーランドでは黙殺されたが、西側諸国で絶賛された。その評判に惹かれるように1963年にイギリスへ渡り、映画『吸血鬼』などを製作する一方で、アメリカのヒューストンに居を構える。
シャロン・テートとの結婚と悲劇
『吸血鬼』に出演した女優シャロン・テートと1968年に結婚する(2度目の結婚)。しかし翌1969年8月9日、テートは友人らとロサンゼルスの自宅でパーティーの最中、チャールズ・マンソン率いるカルト教団に襲われ惨殺された。当時、テートはポランスキーの子を身ごもっており、妊娠8ヶ月だった。
ポランスキーはロンドンで映画の脚本執筆中に悲報を受け、アメリカに帰国した。ロバート・エヴァンズの著書「くたばれ!ハリウッド」によると、ポランスキーは憔悴しきっており、医師による鎮静剤の投与が必要だったという。この事件でポランスキーは、当初マスコミの餌食となり、根拠のない中傷を受けた。
しかも、この悲劇は人違い殺人であった。事件が起きた邸宅は、ポランスキー夫妻が借りる前は、ドリス・デイの息子でミュージシャンのテリー・メルチャーが居住していた。ミュージシャン志望だったマンソンがメルチャーを訪ねたが、プロへの道に繋がらず、その逆恨みが襲撃の動機であった。

ポランスキーはアメリカに絶望するが立ち直り、作品を撮り続けた。しかし1977年にジャック・ニコルソン邸で、当時13歳の子役モデルに性的行為をした嫌疑をかけられ逮捕、裁判では司法取引により法定強姦の有罪の判決(実刑 懲役50年以上という換算)を受ける。ポランスキーは法廷の外では無実を主張し、「これは冤罪であり、本人は少女とその母親による恐喝の対象になっていた」と述べている。
ポランスキーは42日間の拘留後、釈放されている。しかし、事件の担当判事がポランスキーを投獄後、国外追放にすることを示唆、再び収監する旨を地方検事と彼の弁護士に告げた。保釈中に逃亡したことが通説となっているが、正確には釈放後の国外脱出である。彼は出廷を拒否。アメリカを捨てることを決意し、有効だったパスポートを手にロンドンへ渡航、その後パリへと移住した。以後、アメリカへ一度も入国していない。しかし、この件はアメリカの司法当局に遺恨を残し、チューリッヒでの身柄拘束に繋がることとなる。
1978年にフランスに移り、市民権を取得した。1979年の作品『テス』で主演をつとめることになるナスターシャ・キンスキーとは、彼女が15歳の頃から性的関係を結んでいた。2010年に女優のシャーロット・ルイスが「わたしもロマン・ポランスキーの被害者のひとり。彼は16歳のわたしに最悪の方法で性的虐待を加えた」と記者会見で公表、監督のアパートで虐待を受けたことを明らかにした。1989年に女優のエマニュエル・セニエと3度目の結婚をしている。

アメリカ脱出後は欧州を活動拠点にし、『フランティック』や『赤い航路』『死と処女』『ナインスゲート』など意欲的に作品を発表。2002年公開の『戦場のピアニスト』で第55回カンヌ国際映画祭パルムドール及びアカデミー監督賞を受賞した(上記の問題により逮捕・収監の可能性があるため授賞式には参加せず)。この受賞当時ポランスキーは69歳7ヶ月で、同賞の最年長受賞者となった。この記録はクリント・イーストウッドが74歳で受賞した2005年に破られた。また、自身が墓まで持っていきたい作品を問われ、『戦場のピアニスト』と回答している。
2009年9月、チューリッヒ映画祭の「生涯功労賞」授与式に出席するためスイスに滞在中、前述の少女への淫行容疑に関連してスイス司法当局に身柄を拘束された。アメリカは身柄引き渡しを要求したが、最終的にスイスはこれを拒否、2010年7月12日に釈放を決定した。
2010年には『ゴーストライター』で第60回ベルリン国際映画祭監督賞を受賞した。
その他
ポーランド語、ロシア語、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語に堪能。ただし英語には強い訛りがある。

主な作品
《監督》
水の中のナイフ N・z w wodzie (1962年)
世界詐欺物語 Le plus belles escroqueries du monde (1964年)
反撥 Repulsion (1965年)
袋小路 Cul-de-sac (1966年)
吸血鬼 The Fearless Vampire Killers (1967年)
ローズマリーの赤ちゃん Rosemary's Baby (1968年)
マクベス Macbeth (1971年)
ポランスキーの 欲望の館 What? (1972年)
チャイナタウン Chinatown (1974年)
テナント/恐怖を借りた男 The Tenant / Le Locataire (1976年)
テス Tess (1979年)
ポランスキーの パイレーツ Pirates (1986年)
フランティック Frantic (1988年)
赤い航路 Bitter Moon (1992年)
死と処女 Death and the Maiden (1994年)
ナインスゲート The Ninth Gate (1999年)
戦場のピアニスト The Pianist (2002年)
オリバー・ツイスト Oliver Twist (2005年)
それぞれのシネマ To Each His Own Cinema (2007年)
ゴーストライター The Ghost Writer (2010年)
おとなのけんか Carnage (2011年)

毛皮のヴィーナス La V・nus ・ la fourrure (2013年)

告白小説、その結末 D’après une histoire vraie (2017年)

オフィサー・アンド・スパイ J’accuse (2022年)



《出演》

世代 Pokolenie (1954年)
マジック・クリスチャン The Magic Christian (1969年)
処女の生血 Blood for Dracula (1974年)
バック・イン・ザ・USSR Back in the U.S.S.R. (1992年)
他人のそら似 Grosse fatigue (1994年)
記憶の扉 Pura formalit・, Una (1994年)

ラッシュアワー3 Rush Hour 3 (2007年)


《主な受賞》
アカデミー賞
2002年度 監督賞『戦場のピアニスト』
ゴールデングローブ賞
1974年度 監督賞『チャイナタウン』
英国アカデミー賞
1974年度 監督賞『チャイナタウン』
2002年度 監督賞『戦場のピアニスト』
セザール賞
1979年度 監督賞『テス』

2002年度 監督賞『戦場のピアニスト』

2020年度 監督賞・脚色賞『J’accuse』 

ヨーロッパ映画賞
1999年度 世界的功績賞『ナインスゲート』
2006年度 功労賞
2010年度 監督賞、脚本賞『ゴーストライター』
カンヌ国際映画祭
2002年度 パルム・ドール『戦場のピアニスト』
ヴェネツィア国際映画祭
1962年度 国際映画評論家連盟賞『水の中のナイフ』
1966年度 イタリア批評家賞『袋小路』
1993年度 金獅子賞・特別功労賞、経歴賞
ベルリン国際映画祭
1965年度 銀熊賞『反撥』
1966年度 金熊賞『袋小路』

2010年度 銀熊賞『ゴーストライター』


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高校野球は筋書きのないドラマと表現されるが、ある意味、筋書きがあったら大問題ではある・・・。


8月18日は、グレゴリオ暦で年始から230日目(閏年では231日目)にあたり、年末まであと135日ある。


====8月18日の記念日===
【高校野球記念日】
1915年のこの日、大阪の豊中球場で第1回全国中等学校優勝野球大会が開会した。
地区予選を勝ち抜いた10校が参加し、京都二中が優勝した。第10回から甲子園球場が会場になり、1948年から全国高校野球選手権大会となった。


予測不能の魔球






触った?いま触ったよね?









(*`∀´)ノ○)))天誅です!







世の中、何が起きるか予測は出来ません・・・。

だから今年も、全国高校野球選手権大会は面白い。



【米の日】
「米」の字を分解すると「八十八」になることから。
米の日 8月8日
米の日 毎月8日,18日,28日


【ビーフンの日】
ビーフン協会が制定。
ビーフン(米粉)はその名の通り米の粉から出来た麺であり、「米」の字を分解すると「八十八」になることから。


【太閤忌】
豐臣秀吉の1598(慶長3)年の忌日。
享年61。「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」の辞世を残した。

====毎月18日の記念日===
【頭髪の日】
全国理容環境衛生同業組合連合会が1978(昭和53)年に制定。
「とう(10)はつ(8)」の語呂合せ。
頭髪の日 10月20日
頭髪の日 毎月10日,20日

【18゛の日(ファーストエイドの日)】
「18゛の日制定委員会」が2001(平成13)年に制定。
1で「ファースト」、8に濁点を附けて「エイド」と読む語呂合せ。
ファーストエイドとは、応急手当・救急救命等のことである。

【ホタテの日】
青森県漁業協同組合連合会とむつ湾漁業振興会が制定。
ホタテの「ホ」を分解すると「十八」になることから。
元はホタテの旬であり陸奥湾の「むつ」=六つに通じる6月の18日のみであったが、後に毎月の記念日に拡大した。

【北海道清酒の日】
「いっ(1)ぱい(8)」(一杯)の語呂合せ。
北海道の地酒

【二輪・自転車安全日】
警視庁が1977(昭和52)年10月8日から「自転車安全日」として実施し、翌1978(昭和53)年11月から「二輪・自転車安全日」とした。現在は18日のみになっている。
「8」を二輪車にみたてて。

【米食の日】
三重県が1978(昭和53)年10月に制定。
「米」の字を分解すると「十」「八」になることから。
若者の米離れを防ぎ、米の消費を拡大する為の記念日。

【観音の縁日】
観世音菩薩は、大慈大悲で衆生を済度するのを本願とし、衆生の求めに応じて三十三身に身を現じると言われている。
東京の浅草寺や京都の清水寺が有名である。

【鬼子母神の縁日】


====7月21日~8月20日===
「自然に親しむ運動」月間
雑誌愛読月間

====7月23日~8月23日===
ドッグ・デイズ(Dog days)

====8月1日~8月31日===
道路ふれあい月間
電気使用安全月間
食品衛生月間
北方領土返還要求運動強調月間
地球市民月間
パイン消費拡大月間

====8月18日の出来事===
757年
蚕が「五月八日開下帝釈標知天皇命百年息」の文字を成したことにより天平宝字に改元。765年に天平神護に改元。(新暦9月6日)

1651年
徳川家綱が江戸幕府4代将軍に。朝廷の勅使が江戸城に下向して将軍宣下。(新暦10月2日)

1769年
江戸幕府10代将軍徳川家治の側用人・田沼意次が老中格に就任。(新暦9月17日)

1868年
1868年8月18日の日食。フランスの天文学者ピエール・ジャンサンが太陽光の中からヘリウムのスペクトル線を発見。

1909年
東京市がワシントンへ桜の苗木2000本の寄贈を決定。後にポトマック河畔に植樹される。

1917年
ギリシャテッサロニキで1917年テッサロニキ大火が発生。

1945年
皇帝溥儀が退位し満洲国が消滅。

1963年
公民権運動: アフリカ系アメリカ人として初めてミシシッピ大学に入学したジェームズ・メレディスが同校を卒業する。

1968年
飛騨川バス転落事故。岐阜県白川町で集中豪雨が起こり、土砂崩れにより観光バス2台が飛騨川に転落し104人死亡。

1976年
ポプラ事件。板門店の非武装地帯でアメリカ兵に対し朝鮮人民軍が攻撃し、アメリカ兵2人が死亡。

1976年
ソ連のルナ計画最後の探査機「ルナ24号」が月面に着陸。岩石を採取し22日に地球に帰還。

1977年
南アフリカ共和国の黒人運動家スティーヴ・ビコが政府により拘禁。拷問により同年9月12日に死亡。

1989年
コロンビアで大統領選挙中にルイス・カルロス・ガラン・サルミエント候補が暗殺。

2008年
大相撲力士大麻問題: ロシア人力士若ノ鵬寿則が大麻所持で逮捕。その後2名のロシア人力士の大麻所持が発覚。

2010年
佐柳島沖海保ヘリ墜落事故。香川県多度津町佐柳島沖に、第六管区海上保安本部所属のヘリコプター「あきづる」が墜落。

2016年
リオデジャネイロオリンピック: バドミントン女子ダブルスで、松友美佐紀、高橋礼華ペアが優勝。同競技日本人初の金メダル。

2019年
8月上旬に発覚した常磐自動車道でのあおり運転・殴打事件の犯人が大阪府内で逮捕される。

香港で、「逃亡犯 条例」改定案をめぐり170万人が参加する大規模デモが行われる。


2021年 

三菱重工業に対し、元徴用工らへの賠償を命じた韓国大法院(最高裁)の判決をめぐり、韓国水原地裁安養支部が、三菱重工業が韓国企業に対して持つ約8億5千万ウォンの債権の差押えと取立ての命令を出す。元徴用工訴訟で第三者企業への債権差押えが認められるのは初めてである。


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