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Judgment Day


【リンダ・ハミルトン】
Linda Hamilton



アメリカ合衆国メリーランド州出身の女優。『ターミネーター』シリーズのサラ・コナー役で知られている。



本名:リンダ・キャロル・ハミルトン
Linda Carroll Hamilton
生年月日:1956年9月26日
出生地:アメリカ合衆国メリーランド州ソールズベリー
民族:イングランド系アメリカ人
職業:女優
活動期間:1979年 -
配偶者:ブルース・アボット(1982年 - 1989年)
ジェームズ・キャメロン(1997年 - 1999年)
《主な作品》
『ターミネーター』シリーズ 











《受賞》
MTVムービー・アワード
女優賞
1992年『ターミネーター2』
スクリーンで最も輝いた女優賞
1992年『ターミネーター2』
その他の賞

《来歴》
幼少時から劇団に所属し、子役として活動した。
高校卒業後、地元の芸術大学に進学するが、女優になるためニューヨークに移住、リー・ストラスバーグに演技を学ぶ。

1979年、『Night Flowers』で映画初出演後、1984年、ジェームズ・キャメロン監督『ターミネーター』でサラ・コナーを演じて一躍有名に。

1987年にはテレビドラマ『美女と野獣』で主演し、エミー賞、ゴールデングローブ賞の主演女優賞にノミネートされる。

1991年、『ターミネーター2』でサラ・コナーを再び演じ、サターン賞主演女優賞を受賞。  


『ターミネーター3』にも出演を打診されるが、「この脚本にはドラマがない」として辞退した。

『ターミネーター4』では未来のジョン・コナーに宛てて送ったビデオメッセージの声で出演した。

2019年公開予定の『ターミネーター ニュー・フェイト』で再びサラ・コナーを演じている。 










一卵性双生児の妹であり、『ターミネーター2』の1シーンで姉レスリーと共演する。クライマックスでサラと、サラに擬態したT-1000が同時に画面に出るシーンがあるが、手前のT-1000をリンダが、奥のサラをレスリーが演じ、バストショットになる際はリンダが演じている。

《プライベート》
私生活では、1982年に俳優ブルース・アボットと結婚するが、妊娠中の1989年に離婚した。その後、息子が生まれている。

1993年、『ターミネーター』の監督であるジェームズ・キャメロンとの間に一女を産み、1997年にキャメロンと再婚するが、1999年に離婚する。 



2005年にCNNのラリー・キング・ライブに出演した際、双極性障害であることを告白した。

《主な出演作品》
映画
公開年 邦題
原題 役名 備考
1980
ミッキー・ロークの レイプ&マリッジ
Rape and Marriage: The Rideout Case グレタ テレビ映画

1982
暗殺遊戯/キャンパスは凶弾のデスマッチ
Tag: The Assassination Game スーザン

1984
チルドレン・オブ・ザ・コーン
Children of the Corn ヴィッキー

ターミネーター
The Terminator サラ・コナー

1985
KGB/モスクワの陰謀
Secret Weapons エレナ/ジョアンナ テレビ映画

1986
ブラックライダー
Black Moon Rising ニナ

キングコング2
King Kong Lives エイミー・フランクリン

1990
MR.デスティニー
Mr. Destiny エレン・ジェーン・バロウズ

1991
ターミネーター2
Terminator 2: Judgment Day サラ・コナー

1994
精神分析医J
Silent Fall カレン

1995
マザーズ・プレイヤー
A Mother's Prayer ローズマリー テレビ映画

多重人格
Separate Lives ローレン・ポーター/リーナ

1996
デッドショット
The Way to Dusty Death ベス テレビ映画

1997
ザ・ターゲット
Shadow Conspiracy アマンダ・ギブンズ

ダンテズ・ピーク
Dante's Peak レイチェル

デッドライン
On the Line ジェーン・マーティン テレビ映画

1998
レスキュアーズ2/戦火に燃えた勇気
Rescuers: Stories of Courage: Two Couples マリー テレビ映画

勇気への道
The Color of Courage アンナ テレビ映画

サバイバル・リミット
Point Last Seen レイチェル・ハリソン テレビ映画

2005
アメリカの森 レニーとの約束
Missing in America ケイト

2006
愛を問うひと
Broken カレン

2009
ターミネーター4
Terminator Salvation サラ・コナー 声のみ

2014
バトル・オブ・バミューダトライアングル
Bermuda Tentacles リンダ・ハンセン

2019
ターミネーター:ニュー・フェイト
Terminator: Dark Fate サラ・コナー


テレビシリーズ
放映年 邦題
原題 役名 備考
1980-1981
Secrets of Midland Heights リサ・ロジャース 10エピソード

1982
King's Crossing ローレン・ホリスター 10エピソード

1984
ヒルストリート・ブルース
Hill Street Blues サンディ 4エピソード

1987-1989
美女と野獣
Beauty and the Beast キャサリン・チャンドラー 46エピソード

1997
そりゃないぜ!? フレイジャー
Frasier ローラ 1エピソード

2006 THIEF/シーフ
Thief ロセリン・ムーア ミニシリーズ

2008-2009
The Line キャロル 11エピソード

2010
Weeds ママの秘密
Weeds リンダ 2エピソード

2010-2012
CHUCK/チャック
Chuck メアリー・バトウスキー 12エピソード


テレビアニメ編集
バットマン The New Batman Adventures (1998)

バットマン・ザ・フューチャー Batman Beyond (1999) - ステファニー博士役

ヘラクレス Hercules (1998 - 1999)

スペースレンジャー バズ・ライトイヤー Buzz Lightyear of Star Command (2000)


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機械を100%信頼出来るか?


1983年9月26日、スタニスラフ・ペトロフが監視衛星が発したミサイル攻撃警報を誤警報と断定しアメリカ合衆国に対する偶発的な報復核攻撃を未然に防ぐ。


【スタニスラフ・ペトロフ】

スタニスラフ・イェフグラーフォヴィチ・ペトロフ(ロシア語:Станислав Евграфович Петров, 1939年9月9日 - 2017年5月19日)
ソ連防空軍の元中佐。

渾名:世界を救った男
生誕:1939年9月9日
ソビエト連邦 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国 オデッサ
死没:2017年5月19日(77歳没)ロシア モスクワ州 フリャジノ
所属組織:ソ連防空軍
最終階級:中佐

《来歴》
1983年9月26日、ソ連軍の将校であったスタニスラフ・ペトロフはソ連の標準的な軍服務規程を逸脱し、監視衛星が発したミサイル攻撃警報を自ら誤警報と断定した。複数の情報源によると、この決断はアメリカ合衆国に対する偶発的な報復核攻撃を未然に防ぐ上で決定的な役割を果たした。監視衛星の警報システムに対する調査により、システムは確かに誤動作していたことがその後判明。以上により彼は核戦争を未然に防ぎ「世界を救った男」と呼ばれることがある。

彼がこの警報を上層部に伝達したかどうか、またその決断が核戦争を回避する上で厳密にいかなる役割を果たしたのかは依然諸説ある。が、彼が処罰される危険を冒して破局を未然に防いだことは、ソ連のミサイル警報システムの致命的な欠陥を暴露し、軍上層部を深く狼狽させた。この結果として彼は「信頼できない」将校との烙印を押され、軍歴を損なわれた。ソ連の軍事機密と外交政策の関係上、ペトロフの行動は1998年まで秘密とされていた。

この事件は冷戦時代に戦略核兵器を扱う軍によってなされたいくつかの際どい判断の1つである。それらはしばしば、最後の瞬間に、指揮系統から遠く離れた担当責任者によって下された。

《事件の背景》
事件は米ソの外交関係が非常に悪化している時期に発生した。先立つこと僅か3週間前、ソ連軍がソ連領空を侵犯した大韓航空007便を撃墜し、乗員乗客269名全員が死亡するという事件が起き、この際多数の米国人が死亡した。また米国とその同盟国は軍事演習「エイブル・アーチャー83」を実施している最中であり、これが米ソ間の緊張を著しく高めていた。KGBは西側に配置していた活動員に緊急通信を送り、核戦争の勃発を想定して準備するよう警告していた。

《1983年の事件》
スタニスラフ・ペトロフは戦略ロケット軍の中佐であり、1983年9月26日、モスクワはセルプコフ-15バンカーの当直将校だった。ペトロフの担当任務には、核攻撃に対する人工衛星による早期警戒網を監視し、ソ連への核ミサイル攻撃を認めた場合これを上官に通報することが含まれていた。そのような攻撃を受けた場合のソ連の対応は相互確証破壊戦略に基づいており、即時反応による米国への核攻撃を行うこととされていた。

0時40分、バンカーのコンピュータは米国からソ連に向けて飛来する一発のミサイルを識別した。ペトロフはこれをコンピュータのエラーだと考えた。何故なら、理論上、米国からの先制核攻撃は、何千発とは言わずとも何百発ものミサイルの同時発射によるソ連側反撃力の殲滅を含むはずだからである。また人工衛星システムの信頼性にも以前から疑問があった。ペトロフはこれを誤警報として退けたが、コンピュータによる検知が誤りで米国はミサイルを発射していないと結論した後で、彼が上官に通報したか否かについては「した」という説と「しなかった」という説がある。この後、コンピュータは空中にあるミサイルをさらに4発(1発目と合わせて計5発)識別し、いずれもソ連に向けて飛来しつつあるとした。再びペトロフはコンピュータシステムの誤動作と断定したが、彼の判断を裏付ける情報源は実は何一つなかった。ソ連のレーダーには地平線の向こうに隠れたミサイルを探知する能力はなかったので、それらが脅威を探知するまで待ったとすると、ソ連が事態に対処できる余裕は僅か数分間に限られてしまっただろう。
もしペトロフが誤って本物の攻撃を誤報と考えたのだとしたら、ソ連は何発かの核ミサイルに直撃されていただろう。もし彼が米国のミサイルが飛来中だと通報していたならば、上層部は敵に対する破滅的な攻撃を発動し、対応して米国からの報復核攻撃を招いていたかも知れない。ペトロフは自身の直感を信じ、システムの表示は誤警報であると宣言した。彼の直感は後に正しかったことが明らかになった。飛来してくるミサイルなどは存在せず、コンピュータの探知システムは誤動作していた。後日、高高度の雲に掛かった日光が監視衛星のモルニヤ軌道と一列に並ぶというまれな条件が原因だったことが判明した(後にこのエラーは追加配備された静止衛星との照合によって回避されるようになった)。
ペトロフが後に述べたところによると、彼のこの重大な決断は、次のような事柄を根拠にしていたという。
1つには米国の攻撃があるとすればそれは総攻撃になるはずだと告げられていたこと。5発のミサイルというのは先制としては非論理的に思われた。発射検知システムはまだ新しく、彼から見て未だ完全には信頼するに足りなかったこと。そして地上のレーダーはその後何分間かが経過しても何ら追加証拠を拾わなかったこと。

《余波》
あわや核惨事に至るところをコンピュータシステムの警告を無視して防いだにもかかわらず、ペトロフ中佐は彼が核の脅威に対処したやり方を巡って抗命と軍規違反の咎で告発された。以後、彼は上層部から厳しい審問にさらされ、結果として最早これ以上信頼の置ける将校ではないとの評価を受けた。
ペトロフ中佐の司令官らは事件後の審理で彼を非難し、事件の責任を負わせた。彼は書類仕事のミスを口実に懲戒処分を受け、重要度の低い部署に左遷され、やがて早期退役して神経衰弱に陥った。

ペトロフを巡るこの事件は、ソ連防空軍ミサイル防衛部隊の元司令官ユーリー・ヴォーチンツェフ大将の回顧録が1998年に出版されて初めて公になった。

《晩年》
ペトロフの行動が知れ渡った1998年の時点で彼は既に年金生活に入っており、フリャジノの町で比較的貧しい退役生活を送っていた(年金額200米ドル/月)。彼自身はその日にしたことで自分を英雄とは思っていないと述べている。しかし2004年5月21日、サンフランシスコに本拠を置く平和市民協会は、ペトロフ中佐が世界的な破滅を防ぐ上で果たした役割を称え、世界市民賞と副賞のトロフィー、賞金1,000米ドルを贈呈した。
2006年1月には、ペトロフはアメリカ合衆国を訪問し、ニューヨーク市における国際連合の会合で表彰された。その際、平和市民協会は改めて2つ目の特別世界市民賞を彼に贈った。
2013年2月17日には、紛争や暴力を停止させた人物を表彰する国際ドレスデン賞を授与された。
2017年5月19日、モスクワ近郊で77歳で死去。

《懐疑論》
ニューヨークの国連でペトロフが表彰された同日、ロシア駐米大使館はプレスリリースを発表し次のように反論した。1個人が核戦争を起こしたり防いだりするのは無理で、特に「核兵器を用いるという決断がただ1つの情報源やシステムに依存して下されるような事態は、米国であれソ連(ロシア)であれ起こり得ず想定もできない。そのためには複数のシステムによる確認を要する。例えば地上レーダー、早期警戒衛星、諜報報告等々」。

しかしながら、冷戦に関する評論家の中には、スタニスラフ・ペトロフが関わったようなミサイル攻撃警報のケースでもこのような規定が厳密に遵守されたか疑問を呈する向きもある。1983年当時のソ連首脳部の心理状態と、同じく当時の緊張を高めるばかりの諜報報告のために、ソ連首脳部は米国からの核ミサイルによる奇襲攻撃が現実になるかも知れないと深刻に懸念しているように見えた。冷戦時代の核戦略に関する専門家で現在ワシントンDCにあるWorld Security Instituteの代表を務めるブルース・ブレアは、次のように述べている。米ソ関係は「極めて悪化しており、システムとしてのソ連全体、つまり単にクレムリンやアンドロポフやKGBというのではなく、システム全体が、攻撃を予期し迅速に反撃する態勢に移行していた。それは一触即発の警戒態勢だった。非常に神経質なあまり誤りや事故を起こしやすい状況にあった。…ペトロフが当直だった際に生じた誤警報は、米ソ関係上これ以上ないほど最悪のタイミングで起きたのだ。」。




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台風に備えよ・・・。


雨から・・・。

風から・・・。

外敵から・・・。

我が子を守る盾となる・・・。







(;゜0゜)スワンボートですか?

===============
9月26日は、グレゴリオ暦で年始から269日目(閏年では270日目)にあたり、年末まであと96日ある。

====9月26日の記念日===
【台風襲来の日】
統計上、台風襲来の回数が多い日。
1954(昭和29)年に「洞爺丸台風」で青函連絡船・洞爺丸が転覆、1958(昭和33)年に「狩野川台風」が伊豆・関東地方に来襲、1959(昭和34)年に「伊勢湾台風」が東海地方に上陸したのは全てこの日だった。そのため、「魔の9月26日」や「台風襲来の特異日」などとも呼ばれる。また、9月17日も同様に、台風襲来の回数が多い日である。


台風に備えて船を固定せニャ~♪

「(;゜0゜)おぉー!兄ちゃんてぇ何でも知ってるニャ~♪」









( ̄~ ̄;)暴れん坊ですか?









台風は速度を増して移動中・・・








?-
台風を体で表現してみたニャ~♪









どんなに備えていても自然の力にはかなわない・・・。








【核兵器の全面的廃絶の国際の日(世界)】
2013年のこの日、 国連総会は初となる核軍縮に関するハイレベル会合を開催し、以降2018年までに同会合を招集することを決定した。スタニスラフ・ペトロフによる核戦争回避事件に由来。


【ヨーロッパ言語の日(欧州連合)】

欧州評議会が2001年12月に制定。


【ワープロ記念日】
1978(昭和53)年のこの日、東芝が世界初の日本語ワープロ「JW-10」を発表した。


【1962年革命記念日 [イエメン]】
1962年のこの日、 軍事クーデターによりイエメン王国が崩壊し、イエメン・アラブ共和国が成立した。その後、8年にわたり、王党派と共和派による内戦が起こった。


【八雲忌】
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の1904(明治37)年の忌日。


【秀野忌】
俳人・石橋秀野の1947(昭和22)年の忌日。


====毎月26日の記念日===
【風呂の日】
東京ガスが1985(昭和60)年5月に、「家族がおふろに入って、親子の対話を」と制定。
それとは別に、各地の温泉街・銭湯等で実施。「ふ(2)ろ(6)」の語呂合わせ。

(お爺ちゃん・・・、意外とデカイ)




(「今日の爺ちゃんは凄かった」そーしん!)




(ご主人様ぁー!このお風呂・・・)




(日本酒の香りするニャー!)





【プルーンの日】
サンスウィート・インターナショナル日本支社が制定。「プ(2)ル(6)ーん」の語呂合わせ。


====9月20日~9月26日===
動物愛護週間


====9月1日~9月30日===
印刷月間
宇宙月間
オゾン層保護対策推進月間
バス利用促進月間
がん制圧月間
健康増進普及月間
食生活改善普及運動
障害者雇用促進月間
知的障害福祉月間
全国労働衛生週間準備期間
船員労働安全衛生月間
作業環境測定評価推進運動
粉じん障害防止総合対策強化月間
農作業安全月間
身元確認強調月間
自動車点検整備推進運動
無保険・無共済バイクをなくそうキャンペーン
9月16日~9月30日
全国海難防止強調運動
9月20日~9月30日
空の旬間


====9月21日~9月30日===
秋の全国交通安全運動


====9月24日~9月30日===
結核予防週間


====9月24日~10月1日===
環境衛生週間


====9月26日の出来事===
1568年
岐阜城を出発した織田信長が足利義昭を奉じて京都に入る。(新暦10月16日)

1580年
イギリスの海賊フランシス・ドレークが世界一周を達成。

1687年
オスマン帝国軍に占領され火薬庫として使われていたパルテノン神殿が、ヴェネツィア共和国軍の砲弾により爆発炎上。

1934年
イギリスの客船クイーン・メリーが進水。

1935年
第四艦隊事件。演習中の日本海軍の艦隊が台風に遭遇し、多数の艦艇が損傷。

1942年
日本海軍の伊33潜水艦が、トラック港で修理中にバランスを崩して浸水し、33mの海底に着底。死者33人。以降、3が海軍の潜水艦乗りの間で不吉な数字とされるようになる。

1950年
朝鮮戦争: 国連軍がソウルを北朝鮮軍から奪還。

1954年
洞爺丸台風(台風15号)が北海道に来襲。

1954年
洞爺丸事故。洞爺丸台風により青函連絡船「洞爺丸」が転覆。死者行方不明1,155人。

1954年
北海道岩内町で洞爺丸台風による強風により大火。死者33名。3200戸焼失。

1958年
狩野川台風(台風22号)が伊豆半島に最接近。狩野川が決潰し死者行方不明1269人。

1959年
伊勢湾台風(台風15号)が紀伊半島に上陸。名古屋を直撃し死者行方不明5098人。

1960年
1960年アメリカ合衆国大統領選挙: ジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソンの間でアメリカ大統領選史上初のテレビ討論が行われる。

1962年
全長2,068メートルで当時東洋一の長さの若戸大橋が開通。

1968年
厚生省が発見から13年目で水俣病と第二水俣病を公害病として認定。

1984年
中華人民共和国とイギリスが1997年の香港返還に合意し仮調印。

1991年
密閉空間の中で人工生態系を維持する実験「バイオスフィア2」が開始。100年間継続される予定だったが、食糧・酸素などの不足により1993年の同日に中断。

1996年
パラオの(旧)KB橋が崩落。2人死亡。

1997年
インドネシア・スマトラ島でガルーダ航空機が墜落炎上。234名全員死亡。

2002年
名古屋鉄道踏切衝突脱線事故。

2003年
十勝沖地震(M8.0)。北海道東部で震度6弱。

2006年
第3次小泉改造内閣が総辞職。安倍晋三が第90代内閣総理大臣に就任し、安倍内閣が発足。

2009年
ケッツァーナ台風(台風16号)がフィリピンに上陸。マニラ首都圏を中心に400人以上が死亡。

2012年
日馬富士公平が、第70代横綱に昇進。

2012年
自由民主党総裁選挙で安倍晋三元首相が、首相・総裁経験者としては史上初の総裁返り咲きを果たす。

2013年
東北楽天ゴールデンイーグルスが球団創設9年目にして初のリーグ優勝を果たす。

2017年
読売ジャイアンツの中井大介が日本プロ野球史上初の球団通算1万号本塁打を放つ。

2018年
広島東洋カープが球団創設68年目にして初のリーグ3連覇を果たす。

2021年

スイスで同性婚を認める国民投票(2021 Swiss same-sex marriage referendum)が行われ賛成多数となる。 



   

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