hiroチャンのブログ -146ページ目

意味のある偶然の一致・・・。



【Synchronicity】
意味のある偶然の一致・・・。



(見返り美人)






(Sの証明)





(はじめの一歩)





(気になるノミ)





(伸び猫)





(ニャンモナイト)





(どうも!どうも!)





(脇の下は見ないで・・・)





(猫だけとは限らない・・・)





【Symmetry】
左右対称

(ライバル)





(stop)






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MAD MAX

【ヒュー・キース・バーン】

Hugh  Keays-Byrne,  

インド生まれのイギリスとオーストラリアの俳優。




生年月日 1947年5月18日

没 年月日 2020年12月1日(73歳没) 

出生地 インド:ジャンムー・カシミール州シュリーナガル

出身地 イギリス、オーストラリア、

死没地 オーストラリア:ニューサウスウェールズ州ゴスフォード 

国籍 イギリスとオーストラリアの二重国籍 

職業 俳優(テレビドラマ、映画) 

活動期間 1964年 - 2020年 

主な作品『マッドマックス』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 


ジャンムー・カシミール州のシュリーナガル出身。イギリスで育ち、1967年にTVショーの『ボーイ・ミーツ・ガール』や『Bellbird』に初テレビ出演。1973年にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーとともにオーストラリアに移住。

1974年にオーストラリアのTV映画『Essington』に初出演。

以後、バイク映画『マッドストーン』と『Mad Dog Morgan』に出演し、『マッドマックス』の暴走族のリーダー、トーカッター役を演じ有名になり、様々な映画などに出演する。






2015年に『マッドマックス』シリーズの4作目『マッドマックス 怒りのデス・ロード』イモータン・ジョーを演じる。






1976年にオーストラリアのTV界で最も権威あるロジー賞を受賞した。

2020年12月1日死去。73歳没。


《主な出演作品》 

1974年

マッドストーン/ Stone トード役 


1975年 

スカイハイ/ The Man from Hong Kong モリー・グロッセ役 


1976年 

Mad Dog Morgan   Simon役 


The Trespassers     Frank役 


1978年 

Blue Fin    Stan役 


1980年 

マッドマックス/Mad Max  トーカッター役 



Snapahot    Linsey役 


Secret Valley    William Whopper役 


チェーン・リアクション/The Chain Reaction  イーグル役 



1984年 

Strikbound    Idris Williams役 


夢翔戦艦スターシップ/亜空間脱出/Starship    デニー役 


1985年 

Burke & Wills    Ambrose Kyte役 


1986年 

For Love Alone    Andrew役 


1989年 

サルート・オブ・ザ・ジャガー/The Blood of Heroes    ロード・ヴィル役 


1992年 

Resistance     Peter役 


1998年 

モビー・ディック /Moby Dick    Mr.Stubb役 ミニシリーズ 


199年 

地底探検/アース・エクスプローラー/Journey to the Centre of the Earth    McNiff役 ミニシリーズ 


2011年 

スリーピング・ビューティー/禁断の悦び/Sleeping Beauty     Man 3役 


2015年 

マッドマックス 怒りのデス・ロード/Max Max : Fury Road   イモータン・ジョー役 




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胃袋の宣教師


【カール・ワイデル・レイモン】 
(Carl Weidl-Raymon, 1894年3月28日 - 1987年12月1日)は、オーストリア=ハンガリー帝国出身の食肉職人(マイスター)。第二次世界大戦前から北海道函館市で、ドイツ伝統のハム・ソーセージの製造を長年行った。「胃袋の宣教師」と呼ばれた。








(この人のおかげで、俺ら達はソーセージやハムを盗み食いできるのかニャ?)






《略歴》

オーストリア=ハンガリー帝国のカルルスバード(現在のチェコのカルロヴィ・ヴァリ)に、食肉加工職人の家庭に生まれる。その後14歳で家業を継ぎ、ドイツ、アメリカ、フランス、スペイン、ノルウェーなどで修行する。

1919年、アメリカからヨーロッパへの帰国途中に日本に立ち寄り、函館で勝田コウと出会い、3年後カルルスバードで結婚。




2年の故郷での生活を経て、1924年に再び函館に戻りハム・ソーセージの店と工場を開業する。

開業当初、日本人にハムやソーセージなどを食べる習慣があまりなかったため店は繁盛しなかったが、精力的に製造を続けるカール・レイモンの評判が広まり、また函館に寄港したドイツ軍艦から大量受注したことで資金繰りが好転し、3000坪の工場を開設する。また、1935年には長女フランチェスカが誕生する。
第二次世界大戦中は、日本政府から迫害を受け操業を停止せざるを得なくなったが、戦後ハム・ソーセージの製造を再開した。

1974年、西ドイツ大統領グスタフ・ハイネマンから功労勲章十字章を受章。

1979年、財団法人サントリー文化財団から第1回地域文化賞優秀賞を受賞。

1983年、株式会社函館カール・レイモン(日本ハム子会社)がハム・ソーセージ製造を継承。カール・レイモンは第一線から退く。

1985年、北海道新聞産業経済賞を受賞。同年、横路孝弘北海道知事から産業貢献賞を受賞。

1986年、勲五等双光旭日章を受章。

1987年末に一過性脳梗塞で死去。93歳。カール・レイモンの作り上げたハム・ソーセージの製法は弟子である福田俊生(函館カール・レイモン前社長)と島倉情憲(函館カール・レイモン元社長)に引き継がれ、同社で製造が続けられている。

《汎ヨーロッパ主義との関わり》
故郷カルルスバードへと帰郷していた1920年代はじめ、レイモンは欧州統合を志向する汎ヨーロッパ主義運動に傾倒した。その際にレイモンは、汎ヨーロッパ主義運動の象徴として、函館の空に輝く北極星をあしらった旗を考案した。レイモンは当時汎ヨーロッパ主義運動に店の売り上げを投入したものの、賛同者は現れることはなかった。
この当時に考案した旗は青地に大きな黄色い星一つという、現在の欧州旗に近いデザインであり、戦前は相手にされなかったものの、戦後になって1955 年にストラスブールの欧州評議会事務局から、彼のアイディアを採用して青の地に金の星をあしらった欧州旗を作るという手紙が届いたという。この手紙の写真は、函館市のカール・レイモン歴史展示館に展示されている。
ただし、レイモンの考案した旗そのものは、1830年代に存在したテキサス共和国の国旗や、コンゴ自由国・ベルギー領コンゴに使われていた国旗に似ているとの理由で退けられている。


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