123456yukoさんのブログ
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書けないままの南三陸の旅 まとめ

ずっと気になっていたのに、書きたいのに書けなくてそのままになっていた南三陸😭旅行に行ってからもう5年も経っていた💦
今でも心に残ってること。
大川小。
南三陸の帰り、たまたま大川小を見ることができました。わたしには絶対に津波が来るなんて思えない場所に思いました。黒板に書かれた日常生活の字のあと、、、流れた時間と流れない時間を感じる場所。ほんとつらい。
石巻市。
走りながらナビには家がいっぱいうつってるのに、実際目の前には更地が広がってたときにゾッとしたこと。
語り部の方の話を聞いて。
百聞は一見にしかずだし、百聞も大事だった。見なきゃわからないことがあったけど、現地の人に聞かなきゃわからなかったこと、聞いてわかることがすごくあった。
まとめるまで5年もかかってしまった😰
楽天の野球場で観戦した楽しい思い出も家族でよく話題にのぼる。
近いうちにまた行ってみたいし、また話を聞きたい。新しい家族も連れていきたい。ちゃんと知ってたいと思う。

南三陸2日目

朝ごはんはバイキングでしたが、ささかまとかあって仙台らしいものをいただきました。朝ごはんの会場は海の見える場所に席が作ってあり、朝日でキラキラする海を眺めながら朝食をいただきました。
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今日はホテルが主催する語り部バスに乗ります。
玄関に8:45に集合。大型バス2台分のたくさんの人が集まっていました。

ホテルの従業員の方がバスでまわりながらいろいろなお話をしてくださいました。
防災対策庁舎…
これを見ただけで、今回の旅はもういいと思いました。
みんながここに避難したと思えないくらい小さい。まわりには何もなく海が見えます。でも、それはまわりにもうなにもないから。まえはまわりに町があり家があり、安心な建物に違いなかったことがお話を聞いて伝わってきました。

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4階建ての結婚式場。その日はグランドゴルフの会があり、高齢者の皆さんがまさに帰ろうとしたときに地震。会場を出て帰ろうとする人たちを従業員のとっさの判断で4階と屋上へ避難させた話。津波は3階を超え4階の途中まできたそうです。
体育館が完成し、引き渡された1日か2日後に津波がきた小学校。避難所であった体育館から、山へ逃げて助かったという場所。もう瓦礫の山で、そこに体育館も小学校もあったとは知りませんでした。
辺りには100戸近くの家があったのに、今は4戸しかないということ。話を聞かなければ、 もともと家がすくない場所だったのかなと思うようなところでした。
語り部バスは一時間南三陸をめぐりました。
昨日すこしは自分の車でめぐりましたが、見ただけじゃわからなかったことをお話を聞いていろいろ知ることができました。人に話を聞くというのは本当に大切ですね。
町はトラックと重機がいっぱい。そのところどころに黄色い花が咲いています

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2013年8月23日

南三陸へ

南三陸へ走ります車
仙台市内を走っていても、震災の爪痕を見つけるのが難しいくらい特にかわりのない市街地の道。店の多さに都会を感じますキラキラ
でも、市街地を離れるにつれて、ブルーシートに覆われた家がちらほら見られるようになりました。更地が多く、道幅のわりには建っている建物の少なさに違和感。やっぱり被害に遭った場所なんだと少しずつ実感。

石巻市道の駅『上品の郷』によりました!きれいで、デザインの工夫が細部にされた素敵な道の駅キラキラ
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仙台らしいすてきな飾り物キラキラわたし好みの置物がお出迎え
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お客さんいっぱいの建物のとなりに震災をつたえるコーナーが設置されていました。
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あのときのこのまちの様子が伝わってきて改めて悲しい気持ちに。でもこういう場所を探していました。
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たまこんにゃくを食べて出発。

川沿いの道も道路工事で止められることが増え、普通にいま通ってる道ほとんどが津波が通ったあと。

坂を越えると一気に南三陸が広がってきました。

まずホテルへ。本日の宿泊は南三陸ホテル観洋です。
部屋からも温泉からも海!穏やかな穏やかな海です。
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下には露天風呂も。あとからこの露天風呂まで津波がきたとききました。

よるごはんには海の幸、盛りだくさん。目の前に広がる海の恵みをいただきますキラキラ
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2013年8月23日
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