僕が臨床研究コーディネーターとして働き始めて、約3か月になります。
この3か月という期間は長いようで短いですが、約10人の患者さんと触れ合いました。
その中の10人の内の1人が、今日息を引き取りました。午前中は生きていたのに午後亡くなってしまうという場面を初めて目の当たりにしました。
今回は、病棟で起きたドラマのワンシーンの様な出来事を書き記したいと思います。
〜2019年〜
僕が初めてその患者さんと会ったのは3か月前の10月、部署異動して間もない頃でした。
体調が悪いのか元気が無く、あまり喋らない印象の方でした。歩行は可能で手に痺れがある程度。
診察後薬の影響で胆管に炎症が見られるとの事で薬を中止し、入院することになりました。
体調が悪くて、当然です。
入院後は殆ど毎日、教育係りの方と共に病室に顔を出しました。
最初は僕をあまり受け入れてはくれていませんでしたが、少しずつ距離を縮めていきました。
いつからか、「いつも来てくれてありがとう。」と言ってくれる様になりました。また、よく喋る人で笑顔も素敵な方でした。
僕は、早く元気になってもらいたく色紙に花の絵を描いてプレゼントしました。
入院期間が1か月、2か月が過ぎていきました。
入院期間が長引くに比例し、患者さんの容態は明らかに悪くなっていきました。
ベッド生活が続けば運動量が減っていき、筋力は低下していきます。胆管炎も横ばい状態でステロイドを増やしても良い効果が期待できませんでした。
いつの日か、リハビリをしていましたが歩くことが難しくなっていき、転倒する様になりました。
痺れの範囲も広がり、手だけではなく足にも。
「不便になったわ。家事も出来ないだろうし、ご飯も食べづらい。」といつも言っていました。
しかし、よく喋るし体調もすごく悪いと言う程でもありませんでした。退院の話しもありました。
ある日、「喉が痛い。」と言いました。検査をし、喉にカビが生えているとのこと。ステロイドの投与が長引いたことによる、免疫力の低下が見られました。
発熱はもちろん、喉の痛みにより声も出しづらい。挙げ句の果てには、ヘモグロビンの低下や血小板の減少等、輸血が必要な状態になっていきました。
しかし、辛そうですが会話は出来るし希望を捨ててない。治療に専念する姿がありました。
〜2020年〜
年が明け様子を伺いに行くと、容態はどんどん悪化していました。
喉に痺れがあるのかカビの影響なのか、声を聞き取る事が難しい程悪化していました。
弱々しく退院どころの話しではありません。症状は全身に見られました。
僕は、「今度また、絵を描いていくね。」と約束しました。
そして、今日を向かえました。
カルテを見ると呼吸が苦しく脈も速い。
すぐさま病室に向かうと、酸素マスクをし明らかに苦しそうな姿。もう、長くはないとのこと。
僕の教育係の人が、懸命に患者さんに寄り添いました。「頑張ってますね。苦しいよね。」と優しく語りかけます。その姿を見た時、凄くかっこよかった。なぜなら僕は、声をかけることすら出来なかったから。
患者さんは何かを伝えようとしていました。呼吸が苦しいのに必死に。しかし、誰も聞き取れませんでした。あまりの苦しさに酸素マスクを自分で外そうとしていました。「もういい。」といいながら。きっと想像出来ない苦しみがあったはずです。
僕は、休み時間を利用し約束の絵を描いて渡すことに決めました。食堂で1人桜の絵をかき、45分という短い時間、色鉛筆もないので蛍光ペンで色を塗りメッセージを添えて。
絵が完成し病室に向かうと扉が閉まっており、看護師さんに「今、しんてい中です。」と言われました。
しんてい中?恥ずかしながら、僕は何のことか分からず職場に戻りました。
先輩に意味を聞くと、死亡の判断をしている意味とのこと。
患者は亡くなりました、、、
僕は、絵を渡す事が出来なかった。間に合わなかった。昨日絵を描いていれば、渡す事ができたのにと今も後悔しています。
後から聞いたのですが、僕がお昼休憩をとっている間に、教育係りの先輩達が病室に行ったそうです。患者さんの手を握り見守っていたと。
部署に戻った時、目元が少し腫れていました。
〜まとめ〜
僕には後悔が残りました。
①患者さんが必死に何かを伝えようとしているのに聞き取ってあげられなかったこと。
②昨日家で絵を描いていれば渡せたこと。
③患者さんに、声をかけられなかったこと。
いかに自分が未熟なのかを、思い知らされた。
しかし、この仕事をしていなければ得ることができなかった感情です。成長できた一日だと思います。
そして、治療を頑張った患者さんに「頑張ったね。」と改めて伝えたいです。
病棟はドラマだと看護師さんが言っていました。
僕は、看護師ではないですがそんなドラマのワンシーンを体験しました。
この出来事を忘れないためにも、ブログに残しました。


