離婚までの道のり
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今、離婚戦争

12月初め

『もう充分じゃない?
何回言っても、私のいい分が理解してもらえない。私は、あなたの話を理解しようとしているのに、あなたは何もしない。離婚でいいでしょ。』と言った

意外な答えが返ってきた
『離婚はしない。
最後のチャンスだと思って、1週間、いいや1か月、きちんと帰るから、それを見て決めてくれ』と旦那は言った


話し合いから6日目。

帰ってきませんでした。
はやっ。。。

まぁ、人間ってそう簡単には変わらないんだなぁって思った。


破った事に関して、メールも来なかった。私もしなかった。
1週間後、上の子の誕生日。
その日は、突然来てプレゼントを渡しにきた。
クリスマスも、プレゼントを渡しにきた。

帰ってもらうのも、変かな~と思い、そのまま泊まる。

12月31日 20時頃、『今から帰るから、鍵あけといて』と呑気なメールがきた。
『何で???意味わからないけど』と送信した

着信が携帯にも家にも沢山きたけど、無視した。
今出ても、怒鳴られて、年明け前から嫌な気分になるのは、ごめんだ!!
1/1にも、着信アリ

1/2 そろそろ落ち着いて話が出来ると思い、かかってきた電話に出た。

そして、子ども達が寝た後に来てもらい話をした。

今、離婚戦争

3番目が産まれ、平凡な日々を暮らしていました


時々、喧嘩はしてました。
しばらく口をきかなかったり…
暴力はなくなったけど、大きめのオモチャやゴミ箱を投げたり蹴飛ばしたり…
子ども達の前で。

私は、下の赤ちゃんを守りながら『子ども達に当たったらどうするのよ!怯えてるでしょ!そんな事するなら出ていってよ!!』
と負けじと言う事もありました。

休みには公園にみんなで行き、仲良く過ごし、ありふれた普通の家族でした。


なぜでしょう…
突然歯車がまた狂い始めました。

まず、旦那の仕事場が変わりました。
オーナーや商店街の人、飲む事が多くなりました。
仕事変わって、大変なのはわかりました。
営業みたいに飲みがあるのも、無知な私にもだんだんわかりました。

飲みに行ったのか~また帰って来ないの?
という日が時々ならまだ我慢ができました。


だけど、
連絡ないまま、3日間とか。『悪い』の言葉なく、普通に帰ってきたり、
私は、伝えました
『飲みは、仕方ないけど、連絡は朝だって出来る。それをしないのは、自分の事しか考えてないから。』と2011年5月から同じような事を訴え続けてきた。

6月は帰ってきた日は3日間。
私が『一度今日帰って来なかったら開けない』
って言ったら、3日間だったね。

そんなこんなで、旦那不在の日々。
日曜日休みも、最初は子ども達と遊んでくれていたけど、日曜日に飲みをいれたり打ち合わせをいれたり、、、
週2~3日しか帰って来ないなら、もっと子ども達と遊んで欲しい

旦那は自分の事しかない。子ども達の事なんて聞いても来ない。
話す会話もなくなり、
何の為に一緒にいる必要があるんだろうと、半年後にやっと私の結論が出た。

旦那に対して、好きじゃない、愛も情もなくなった。子ども達が大人になって結婚した時、こんなパパになって欲しくない。
別れよう。


2012年 再び やっぱり離婚戦争

久しぶりに書きたくなりました。

5年ぶり…

5年前も、色々と葛藤があったんだなぁ…
もちろん、今でも心に傷がつきまくっています

5年前のその後をさらりと書かせて下さい。

あの時は、旦那は27歳の女の人と付き合っていたそうです。
突然『別れよう』と言われ、理解が出来ず、子ども2人とどうやって生きていけば…と途方にくれていました。もちろん、手っ取り早く働くにはと、ヤクルトレディをしました。

生活費を入れてもらえず、『お金を入れて下さい』と言えば、罵声が飛び。
お義姉さんには、沢山相談に乗ってもらいました。泣きながら、夜中まで話を聞いていただいたり…本当に感謝してます

ただ、たまに優しい言葉をかけられると、やっぱり私の心は戻ってしまい、なかなか踏ん切りがつかないままでした。

旦那は『やっぱり家に戻る』と言い、私も受け入れました。

ただ旦那は、彼女にも『一緒に住もう』と言っていたらしい。

嘘つきまくり病。。。でしょうか?
自分では、収集がつかなくなり、私と彼女が電話で話し合いし、旦那の別居先まで掃除に行った。

なんなんだ?この男は?

でも、その当時の私は、旦那が大好きで大好きで仕方なかったのだと思う。
隠れて何度も借金されても、
暴力をふるわれても(依存症ではないと思います。叩かれたら叩き返していました。だけど、男の力と女の力って、ちがうよね~だけど、やられているだけじゃ、いやだった)
浮気されても、

最終的には、受け入れてしまう程、愛していたんだと思います。

今は、そんな自分がイタイ。

その後、3番目の子が産まれました。
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