歩む道は決して平らではない
だって 神様が訓練してくださるから
痛い目に遭わなければ
痛みも危なさもわからない
そこから救ってくださるよろこびもわからない
だから時には
「ここ歩くんですか
」
「これ道ですか
」
と言いたくなるような道もある
つらいこと
嫌なこと
腹立たしいこと
経験すると悲しくなる
思い出すとイライラする
でも 神様は見ておられる
私たちのこれまでも これからも
だから
「ちょっとしんどいんですけど
」
「何とかしてください
」
…どんなでも良い 神様に話しかける
神様に悲しみを委ねる
すると
道は決して平らではないけれど
途切れていない
共に歩んでくださっている
そう思える時が来る
自分で何とかしようとしない
独りでブツブツ煮えない
神様に嘆いたり
八つ当たりしたりでも良い
必ず神様に話しかけよう
そばで聴いていて下さり
道を歩んで下さるから
どうやらそれが
「正しく悲しむ」ことらしい