赤穂浪士で有名な吉良家は名門でした。
鎌倉時代に足利義氏が遠江の守護になります。
地名をとって吉良義氏になります。
室町時代に嘉吉の乱で6代将軍義教が暗殺されたときは
吉良が将軍の代行を務めました。
戦国時代、吉良義定は徳川家の家臣となり、関ヶ原の戦いで大活躍し、
旗本になります。
吉良家は儀式やしきたりを大名に教える高家になります。
江戸幕府を開き、征夷大将軍になった家康。
将軍職は3男秀忠に譲り、徳川による世襲制になります。
この時に朝廷との調整を担ったのが、吉良家でした。
吉良家は高家筆頭となります。
赤穂浪士は、46歳が切腹しますな、その子どもたちは後に許され、高い給与で他の大名に預けられます。














