常に「何が正しいか」考えて生きているわけじゃないから、ふとなにかのきっかけで自分の行いを振り返ったとき「私は正しいです!」って即答するのはなかなか難しい。

目標を高く持って、自分を厳しくジャッジする人こそ「やっぱり不十分だったかな、、、」なんて思いが頭によぎって自分をうまく表現できなかったりする。

そしてあたしもそのひとりだと思っているんだけど。笑

そんなとき、根拠のない自信を持ってる人が羨ましくなる。
もっともらしいことをはっきり大きな声で言うだけで時には信頼を勝ち得たりする。
もちろんそれが仇となって信頼を損ねることもあるんだろうけど。

だけど、自分が大きく出てしまったことにすぐに気づいて必死になって後追いであっても追いつこうとすればそれが本物になる。
「有言実行」じゃないけど、後に引くことができなくなって迫られるように学んで力にする人は強いと思うんだ。

自分で自分を追い立てるってこと、、、。
すごく勇気がいることだけど、その瞬発力は自分の為だけではなくて、リーダーシップだとかに繋がっていく。

自分が正しい、と思って突き進む気持ちを忘れちゃダメだと思う。
それと同時に、自分を省みることも忘れずに。

私は正しい、私は正しい、私は正しい!!!
私は強くなくちゃダメなんだ!!
なんか、くさいタイトルをつけてみましたが。笑
あることがきっかけで、改めて考えてしまいました。

とても尊敬していて、誰より信頼していて、自分の考えを進んで伝えたくなる人がいたの。
今までとても身近にいた人だから、こう思うのも当然の流れなのかもしれないけど。

だけど、近いうちに離れなければならない、もうその人に頼ってはいけない、頼るべき相手が変わってしまう、って分かった時すごく不安な気持ちになった。
これからその人の近くで教わることのできる人たちに嫉妬も感じたし、妬ましく思った。

できればあたしがその人を超せるくらいの能力をつけて、支えられるようになりたかった。
「いい子を育てたね」って周りから褒められるような人間になりたかった。

でもそれって甘えだったんだなって気づいた。
いくら「支えられるようになりたい」と思ったとしても、理想の自分に育ててくれるであろうその人にべったり頼ることしか考えていなかったんだと思うの、この先も。

ふと周りに目を向けると、その人が居なくなったら、あたしの本音を言える人はどこにもいない。
いつも無邪気に、素直でいるように心がけていたけど、それはあくまで建前であって、本当はその人以外誰のことも信頼していなかったんだ。
信頼しようともしてなかった。

目的地を指してくれる人がいなかったら、あたしは盲目でしかない。

「自分で考えること」
そう教えてくれた尊敬するあの人の言葉を胸に、もう一度イチから考え直してみよう。
もっと心を開いてみよう。


そんなことを思いました。

あと2日だよん!
2日寝たらゴールデンウィーク!!
そしてO・KI・NA・WA✧⁺⸜(●˙▾˙●)⸝⁺✧

もうね、楽しみすぎて楽しみすぎて♡
ひと足早い夏を楽しんでまいりますよー* 
夏っぽいネイルしたいんだけど、初のネイルサロン行ってみようか、セルフでやろうか。。。
悩みどころですなぁ。

それにしてもあと2日のお仕事。
それが終わったらゴールデンウィークだと言うのに、惰性でやり過ごせないってゆう厳しい職場。(いや、たぶん普通で当たり前なんだろうけど笑)

こうゆう気を常に張っていないといけない環境ってやっぱり今のあたしには必要だからあるんだろうなぁ。

あたしオシャレでステキなキャリアウーマンになりたいんだけど、ってゆうか「どんな風になりたいの?」って聞かれても具体的には思い浮かばなくて、ただスーツを着こなして高めヒールで颯爽と歩く姿が浮かぶだけ。
自分の考えをしっかり持っていて、説得力がある女性。
これがあたしのなりたい姿なんだけど、、。

この間先輩にこの質問をされ、「キレイな人になりたい」って言ったら「ふーん」って意味ありげな反応されたの。
で、突っ込んで聞いてみたら「キレイな人っていうのは、自分が自分が!っていう感じじゃなくて、、、誰かが何かこぼしたときためらいなくハンカチを差し出す人だと思うから」って言われたの!

それってつまり、あたしが「自分が!自分が!」って感じで、汚れ役をやりたくない人って言いたいわけよね?笑

確かに間違っちゃいない。
人に良く見られたいし、認められたい。
憧れられるような人になりたい。

でもだからと言って、あたしだって情に厚い部分はあるんですよね、意外かもしれんけど。
頑張ってる人は目立たなくても密かに応援してるし、人の温かさに触れたら恩返ししたいと思うし、こんな人になれたらと思う。
どんなに嫌いでもちょっといい面を見るとその人に対して愛着を持ったりする。

落ちてる人を見つけて、一緒に落ちてあげようとは思わない。
でも自分の今いる場所から見守る。

迷子の人に気付いてもその人のところまで戻らないけど大きな声で「こっちだよ!」って教えてあげる。

「汚れ役」って言われる人たちはたぶん、落ちてる人と一緒に落ちてあげられる人、または代わりに落ちる人、そして迷ってる人の手を取って群れに連れ戻してあげられるんだろうなぁ。

営業畑にいるからか、周りの同僚は「汚れ役」を好んでる。
「泥くさい営業をしろ!」とか、「死に物狂いで仕事をとれ!」とかよく言うけど、ほんとに汚れ役って必要なのかなー。

時と場合によると思うけど、自然に相手と同じ立ち位置に立てないあたしが意識的に泥臭くなろうとしても、嘘くさいだけな気がするんだよね。
一緒に落ちても偽善にすぎないってゆうか。

思えば大学時代もよく偽善について考えたっけ。
わざとらしいことはしたくないし、同情できないことにはなびかない。
これって、すごく自然なことだと思うし、いわゆる偽善者だって、結局はあたしと変わりないような気がするんだよね。人である限りいつもいつも偽善者で居られるわけでもないし。

って考えてみると、たぶんあたしの心が何かになびいたとき、それが誰かの目に偽善者に映ってることもある。

人はそれぞれ。
ひとりの人が誰かの目にどう映るのかもそれぞれ。

「認められたい」欲とは裏腹に、なかなか人間的な部分であたしと共感してもらえる人はいないけど、どこかに必ずいる!と信じてやっていなかくては!!

先輩の言葉でなんか暗~い気分になって色々考えちゃったけど、あたしはあたしらしく自然な姿で居たいのです。

なんか、こんなこと書くつもりではなかったのに、なんか急に思い出して「沖縄わくわく記事」からつなげちゃった。笑

さて、あと2日頑張りまっせ!