2011年3月11日2時46分マグニチュ-ド 9.0東日本大震災 !・・・
 
 
 
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     写 真 ① 地震の後、 約20分後にキララの地方 「杜の都」 宮城野区のお家の前 の市道に、第
 
     一 波の津波が到着致しました。物凄い勢いで津波が打ち寄せる瞬間、 激しく雪が降り出しました。
 
 
 
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            写 真 ② 約 30 Cm程冠水した市道、 逃げ場をうしなうキララ達でした
 
 
 
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   写 真 ③ 大津波は、新港から七北田川・梅田川沿いに上り、住宅地に傾れこ む  津波とがれきの山。
 
 
 
 
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    写 真 ④ 倒壊したお寺の門とブロック塀と避難するお婆ちゃん親子が寄り添う、地 震の後、一時
 
    間後の撮影にて。
 
 
 
          復 興 の 鐘
 
 
                         作詞 立木 キララ
 
 
                小さな街の     プレイル-ムに
 
                子供たち      生まれた時から
 
                心の痛みをね   背負いたくなかった
 
                天子たちよ     好きで選んだ訳ではない
 
                辛いけれども    父母を偲んで
 
                くじけないでね   勇気を持って立つ
 
 
                小さな街の     プレイル-ムに
 
                春が来て      水仙の花が
 
                今年も咲きました 希望という鐘を
 
                鳴らしながら    つぐみの心が痛むなら
 
                叫んでごらん    大空に向かって
 
                天子の声に     太陽が微笑む
 
 
                生きて行こうよ   学びの音が
 
                行き交って     皆負けるなよ
 
                つぐみの天子たち きみと会えて善かった
 
                悲しみ越えて    小さな町に幸が来るよ
 
                復興誓い       陽向が優しくね
 
                明日の行方よ    教えご子供達よ   
 
 
 
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    写 真 ⑤ 『詩』  復興の鐘  の合唱  (注意事項 : 写真は震災と関係はりませ んので注意の
 
    程宜しく願い致します )
 
 
    『詩 と 記 事 の 解 説』
 
        立木 キララが2011年3月11日 (金曜日) 会社の有給休暇を頂き、お家で休んで居り
 
       ました。久しぶりのブログ記事を掲載使用と頑張っていた、 記事も完了して確認していた
 
       その時、縦揺れと横揺れ、地震だ逃げろと父が言う。 家の前の駐車場に逃げる、物凄い
 
       横揺れで地面に倒れるキララ、父が手を取ってキララを守る、約4分程物凄い揺れでした
 
       その間物凄く長い時間を感じた。 父は素早く電気やガスの元栓を締めて車に乗る、津波
 
       が来るぞと言う、その時に既に市道に第一波の津波が遣ってきた。 キララが携帯電話の
 
       カメラで撮影した、 その時父がこの 「ジャジャ馬」 娘がとキララの頭をたたく、 津波が 
 
       一瞬にして市道を冠水した。逃げ場を失う父とキララ、 恐ろしい一瞬でした。 いまになっ
 
       てから、立木 キララは父に対して反省致して居ります。「読者の皆さんにも反省致します」
 
       本当に、恥ずかしいお話です。でも幸いにキララのお家は高い位置にあり、無事に生還を
 
       致しました。 それから暫らく津波の水が引く間で待ち、近くの避難所に避難した。母と弟
 
       と連絡を取り合い無事を確認して避難所暮らしが始まる、その夜に新港の都市ガスタンク
 
       が爆発、物凄い音と炎が夜空を赤く染める、物凄く怖かったです。津波の第ニ波が遣って
 
       きた、避難所の堀まで来たが冠水はまぬかれた。その晩は食事無し、朝におにぎりの小さ
 
       い物を1個食べました。昼食も無し、夕食もおにぎり1個と続く、 飲み水も皆で分かち会う
 
       2日目の夜も同じ食事でした。3日目の夜、夜中に避難食のおにぎりが全て盗まれる、全
 
       員が朝食が無し、避難食を盗む悪い奴は許す事が出来ません。 4日目からお家に戻り
 
       後片付けが始まる、大切な人形や食器などが全て壊れました。 やっと今日後片付けが
 
       終わりました。知り合いの方の安否の取れない方に物凄く心配です、無事を願っています
 
       そして記事のUPの詩、じつは11日に書いた詩なのです。いま考えるとこの詩に対して驚く
 
       まるで大震災を予告したよな詩、キララも思わず身震い致しました。 「但し詩の一ヶ所を
 
       本日書き換えました」 三番目の 「復興誓い」 は 「旅立つつぐみ」 でした。タイトルの
 
       名前は 「つぐみのプレイル-ム」 から 「復興の鐘」 に訂正致しました。(震災体験記)
 
 
       立木 キララ、改めて震災で亡くなりの方にご冥福お祈り申し上げます。
 
       そして世界各国、 全国の皆さんの温かいご支援に感謝申し上げます。
 
       私達「杜の都」市民は一日も早く復興に向けて頑張りますので、皆様の
 
       応援宜しくお願い致します。 
 
 
       追伸
 
        立木 キララの自作の小説 受賞作品 「緑と海 ・ 白亜の化石」 処女作のモデルの現地
 
       気仙沼市唐桑町大沢港、200所帯の内160所帯が全て津波で失われました。 とても悲しい
 
      です、そしてモデルの方々の安否も心配です。
 
       旧姓 吉田 友子さん、 柏 喜満子さん、 柏 貞子さん、柏 節子さん 熊谷 幸枝さんもし
 
       ブログを観ていたらご連絡を下さいね。
 
       気仙沼市鹿折波板  村上 義江さん 無事ですか、心配です。
 
       気仙沼市唐桑町舘  ブログの友達 「花蓮」 さんの実家の家族の方無事ですか。
 
       気仙沼市唐桑町上小鯖 藤明 美保さん無事ですか。