みなさま
おひさしぶりです。
今日は孤独について考えてみたいと思う。
女装やニューハーフ、トランスのあたしらは興味関心が内側に向きやすいのではないか……
最近常々そう思う。
自分が着たいものを着て
したい化粧をして
行きたい場所に行く
私は以前まで
それでいいと思っていた。
結局、ただの自己満足と半ばやけになっていたのだ。
それが……
あるトランスの女の子と出会ってかわった。
彼女は着たいものよりも
自分が似合うかどうかで服や化粧を選ぶ。
衝撃だった……
その話を初めて聞いたとき
私はなぜそんな面倒な事をするのか
理解できなかった。
好きなものを着れた方がより満足できるのではないかと。
しかし、私も彼女と同じようにホルモン治療を続けるにあたり、だんだんと彼女の考えが理解出来るようになってきた。
また、彼女は女性として扱われ、私は女性としての扱いをうけていなかった事の
本質がそこにあるように感じた。
つまり、私にとっては可愛い、良いと思うものでも、
他の人からみたらそうでもねえ
むしろ違和感で
3mぐらい宙に浮いている
という事は往々にしてあるっちゅう事でええある。
例えば、
着てえモンを優先するあまり
服装なら肩や身長、ウエスト等の部位に
男特有の違和感を演出したり
普通の女の子は着ないであろう
ちょおいすの服着たりとか。
一部例外こそあるが、
見た目が浮いてくると周りからの扱いが
ひどくなるし、それこそ女として見てもらえない原因にもなる。
他人から
いわゆる変な人に分類されれば
笑い者にされるか
避けられるリスクがある。
客観性を喪う事で
付き合いを閉ざしてしまい人間関係が狭いものになる恐れがある。
やがてはそれが孤独の一因となるのだ。
女装界隈の人間にとって自分が綺麗になる事への関心が強く、性質上内向きに作用しやすいのは宿命なのだと思う。
しかしながら
周りの人間が思う綺麗、似合う綺麗を意識することで
結果的に可愛いと言われる事が増え、孤独を感じずに済むんじゃあなかろうか?
笑い者にされる事が減って
より自分に自信がもてるようになるんじゃあなかろうか?
と私は思うのである。
だから私は女装系のスポットも勿論行くが
普通のクラブに行ったり、女の子の友達に
コンサルてぃんぐしてもろうたりして
なんとかニャンとかどうにかこうにか
客観性を維持しようとしている。
綺麗な子と話す時は
嫉妬の炎で心が燃え尽き灰になりそうだが(笑)
それはそれでしゃあない
自分が一人だと感じたとき
孤独に苛まれたりしたときは
ふりかえってみてほしい。
独りよがりな見た目になっちょらんか?
他人を愛し、認める余裕をなくしちょらんか?
自分を愛し、労る優しさをかいちょらんか?
これが
私が思う
はっぴいぴいの作り方である。
参考になれば幸いである。
