前回、私がいかに卑屈な学生だったかをダラダラと書きましたが…
 
今回は社会人編でございます(笑)
 
 
新卒で就職活動をしていた私は、無事に内定を頂け、安心しきって卒業式を迎えました。
卒業式や、その後のパーティーもとても楽しく、長かった学生生活が終わる寂しさと
新しい生活への期待で満ちていました。
 
しかし、卒業式翌日。
内定取り消しの連絡が届きました。
もう、頭真っ白です。
 
慌てて会社に連絡をしても
「お答えできません」の一点張り。
当然のことながら、気持ちは落ち込みなにをする気にもなれず…
twitterやfacebookで友達が
入社式や新人研修、配属先の話なんかをしているのを見るのが辛かったです。
入社式のニュースが流れると、ソッコーで番組を変えたりしてました。
 
友達の新しい生活を羨みなら、私は学生時代から続けていたバイト先にお世話になることになりました。
そのバイト先にも、新入社員として同い年のスタッフが配属されて…
毎日比べては落ち込んでました(笑)
 
既卒として就活を続けていた私ですが、
契約社員として就職が決まりました。
本当に嬉しかったです。
 
前から憧れていた世界で仕事ができること。また、やっと親を安心させられると思うと本当に嬉しかったです。
 
このとき私は初めて一人暮らしを経験しました。
なれない土地で、仕事を覚えながらの一人暮らしはとても辛かったのをよく覚えてます。
仕事もとてもハードで、体力的にも精神的にも辛いことが多かっのたですが…
仕事に関してはプライドを持って日々務められました。
 
仕事に慣れてくると、辛い中にも楽しさ、やりがい等を見つけられ、周りの人にも恵まれやっと居場所が見つかったと思うようになりました。
 
これから、ドンドンステップアップしていこう!と考え出したころ、体を壊してしまいました。
どうしても仕事を続けることができなくなり、一年と持たずに退職。
実家に帰ることになりました。
 
楽しくて仕方の無かった職場だったので、かなり落ち込みました。
幸い、体調は回復し日常生活にもなんら問題はなく過ごせるようになりました。
 
ですが、無職で毎日家にいる自分が本当に恥ずかしく情けなく…
「どうして私ばっかり」と人と比べては落ち込み、自分はいつまで経っても一人前になれないと思い過ごしていました。
 
 
退職してから約4ヶ月間、
そんな日々が続きました。
 
 
いつまでもこのままではダメだと思い、転職活動を再開。
幸運なことに、就職が決まりました。
今回は実家から車で1時間ほどの距離にある会社での内勤営業です。
 
初めての営業、今度こそ失敗できない。
また、初めての営業課に女性が採用されたというとこで、プレッシャーも感じながら毎日を過ごしていました。
なかなか会社の人に馴染めないと思いながらも、積極的にコミュニケーションを取りながら仕事をしていました。
ですが、先輩の雑用で7時出勤•22時退社の毎日で、なかなか自分の仕事をさせて貰えませんでした。
仕事を見つけて取り組んでも、「それは今必要ないから」の一言で、また先輩の雑用…
 
ビジュアルが悪すぎる
お客さんの前に出れる見た目じゃない
ちゃんと化粧はしてるのか
もっと良いブランドを使え
 
などなど、見た目に関する事で注意を受けるようになりました。
もともと清潔感には気をつけていましたが、まだ足りないのかと、髪を切ったり化粧を変えたりもしました。
それでも足りないのか、
トイレに置いてある消臭ポットをデスクに置かれ、私が歩くと後ろから消臭剤をかけられ…
私が使ったものは汚くて使えない。などなど、中学生のような嫌がらせを受けました。
 
でも、もう私には後がないし、また仕事を辞めるのは嫌だ。
心配をかけるから、親には言えない…
 
誰にも言えずに、毎日耐えていました。
そんな生活が続くと、
ある日急に通勤途中、とある交差点を曲がると吐き気と頭痛がするようになりました。
 
 
 
もうダメだと、これまでのことを母に打ち明けました。
 
母は「そんな思いまでして続ける必要ない。あなたの体が心配だから、直ぐにやめなさい」と言ってくれました。
私も直ぐにやめて楽になりたかったのですが、これまでのこともあったので
辞めるという選択がなかなかできませんでした。
 
翌日、なんとか耐えて出社しましたが
「あぁ…やっぱりダメだ。辞めないとこれ以上無理だ」とふと思い、そのまま退職の意思を伝えました。
 
引き止められることもなく、すぐに退職の手続きがされました。
 
こんな簡単に楽になれるのに、どうしてあんなに毎日耐えていたんだろう。
と今考えると不思議でなりません。
 
 
自由の身となったわけですが、
まあ無職生活の幕開けでした…
 
 
 
 
つづく
 
 

 

 

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今日は、表題にもある「親孝行」について今の気持ちを書こうと思います。

私の気持ちの整理の為なので、文章がいつも以上に読みにくいとは思います。

 

今回は、卑屈だった学生時代を振り返ってます。

(長くなりそうなので、今回はパート1とします。)

 

だらだらと、辛かった思い出について書いているだけですが・・・

お付き合いいただけたら嬉しいです!

 

 

 

 

 

 

 

私は、三人兄弟の真ん中として生まれました。

兄と弟に挟まれミニ四駆やカードゲームなど、男の子の遊びで育ちました。

 

子供の頃はスカートが恥ずかしくて、髪の毛も常にショートカット。

クラスでも女の子の友達は多くありませんでした。

 

小さい頃は親は、とやかく言いませんでしたが

大学に入学すると「髪を染めてみたら可愛いんじゃない?」「ピアス開けてみなよ」

なんてことを頻繁に言うようになりました。

最初は「うるさい」ぐらいにしか思っていませんでしたが

後に、私のメンタルをリフレッシュさせるために言っていたことだとわかりました。

 

 

話は中学生時代に戻ります・・・

 

中学校で吹奏楽部に所属していました。

充実した毎日を過ごしていましたが、中学2年の頃に体調を崩してしまい入院をしました。

入院自体は数日で済みましたが

それ以降は、ズルズルと不調を引きずり部活にも出れない日が増えました。

 

体調は回復しても、長期間部活を休んだことへの気まずさだけは残りました。

中学生という時期も重なり、有る事無い事噂され・・・

3年になった頃には親しかった友人も離れ、部内では孤立。

皮肉れた私はクラスでも、一人の時間が増えていきました。

 

高校は、地元から少し離れた私立校に入学しました。

中学時代の同級生は数人いましたが、中学のように辛いと思うこともなく

様々な地域から通う子と話すうちに、

学区で縛られていた中学とは異なり、世界が少し広くなったと思えました。

 

ですが、高校でも同じようなことになってしまいました。

学園祭の準備で、委員をしていた私はまたもやクラスで孤立。(よくあるやつですね。)

3年の秋からは、クラスメイトが怖くて教室に入れず保健室登校をしていました。

また、それをクラスの子たちが噂して・・・。

悪循環でしたね。今思えば、少々無理してでもクラスに出てれば・・とか思ってしまいます。

 

そんなことを引きずって大学に入学。

実家から自転車で通える距離でしたし、一人暮らしをする必要もありませんでした。

恵まれた環境だったと思います。

 

実家からの通学にもかかわらず、入学してからも新しい環境に馴染めず

誰にも声をかけることができないまま過ごしていました。

誰とも話さない毎日。トイレの個室で泣きながら母のお弁当を食べていました。

今思い出しても泣けてきます。

 

 

 

大学に行きたくないと思いつつ

1年の夏休みに、大学のプログラムで3週間の海外研修に参加しました。

 

研修に向けた事前学習が定期的にありましたが、

相変わらず大学に馴染めなくて、登校もできず・・・

事前学習にどうしても参加することができませんでした。

出席率が悪かった私は、教授から「連れていけないかしれない」と言われましたが、研修のプログラムにはとても興味があったので引率の教授と面談の後、なんとか参加することができました。

今思い返せば、都合のいい話だと思います(/ _ ; )

 

 

「きっと3週間、みんなに馴染めなくて辛いんだろうな」

とか考えながら少し憂鬱な気持ちで研修に参加しましたが、

結論から言ってとても楽しい毎日でした。

 

みなさんとても親切で、色々気を使ってくださり・・・

先輩方に助けられながら研修が進んで行きました。

 

ところが研修日程の半ばを過ぎた頃、急に体調を崩してしまい

あっという間に42度の高熱でダウンしてしまいました。

(忘れもしません。みんなでコーヒーとドーナッツを食べていた時です 笑)

 

 

それから酷い咳と40度近い熱が約2週間続きました。

 

帰国日になっても症状は良くならず、空港のクリニッックで受診。

飛行機には乗れずに、数日遅れての帰国となりました。

 

帰国後も体調は回復せず、その後2週間寝込みました。

飲み食いもできず、体重が7キロも減りました。(もちろん直ぐに戻りましたけど 笑)

 

そんなこんなで、研修もまともに受けれず

夏休み明け後期の授業も出遅れ・・・

 

ますます大学に行くのが嫌になっていました。

この頃、母は「うつ病じゃないか。最近笑った顔を見れない」と、

とても心配してくれていました。

今思い返せば、心配かけたな ありがたいな なんて思えますが、

当時の私にとって、その優しさが言葉にできないくらい辛かったです。

 

家族の期待に応えられていないんじゃないか

心配ばかりかけて情けない

こんなことばかりを考えていました。

 

その後も休みながらも大学には通っていましたが、

2年に進級した頃、声をかけられたことがきっかけで

とある研究室に出入りするようになりました。

 

研究内容や趣味なんかが同じ同級生や先輩、

とても優しい教授のおかげで、気持ちを持ち直すことができました。

毎日研究室に入り浸っては、夜遅くまで残っていました。

この頃から、大学に行くのが楽しくて講義のない日でも研究室に通っていました。

一人でもいいや。なんて卑屈になっていた私ですが、

研究室のみんなに出会えて救われた気持ちでした。

 

その後は、学業も私生活も順調で充実した毎日を過ごしていました。

 

 

卒業後、就職しても学生時代のように

「辛くて何もしたくない」なんて気持ちになることなく過ごして来れました。

 

 

続く

 

 

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家族の元を離れて生活する際

”ホームシック”というものが付いて回ると思います。

少なくとも、私はそうです。

 

今日は、そんなホームシックについて書こうと思います。

 

 

いざ生活を始めると

 

・慣れない土地で、新しい生活

これは、日本であっても精神的に疲れる状況ではないでしょうか。

以前一人暮らしをした時、生活のリズムが出来上がるまで

毎日精神的に疲れていたのを覚えています。

 

・一人の食事

一人で食事をすることは苦ではありませんが、それが毎日続くと猛烈な寂しさを感じるようになりました。

今では、パソコンで動画を見ながら食事をしています。

 

・土地勘がなく出かけられない

会社・駅・スーパー以外行くところがありません。

実家を出たばかりの大学生のような生活ですね(笑)

どこに何がある・・・というのを全くリサーチしていません。

これに関しては、まずは最寄駅周辺を開拓してからだと思っています。

 

・時間を持て余す

これは、”土地勘がなく出かけられない”に似てると思います。

休日は、午前中に家事全般を済ませてしまいます。

そのため、午後からの時間を持て余すことになります。

買い物や観光なんかに行けばいいのでしょうが、

なんで『土地勘』がないもので出不精になってしまっています。

 

主に、この4点が非常に辛かったです。

 

 

私は、タイに来る前に半年間ですが一人暮らしを経験しました。

実家から車で2時間程度の距離で、隣の県だったのですが、

非常に寂しかったのを覚えています。

最初は、電車でもすぐに帰れるし「そんなに寂しくないだろう」と構えていました。

ですが、会社以外に人と話すこともなく

仕事もとても忙しく、ただ寝に帰る。という生活を送っていました。

家に帰っても、今日あった出来事を話す相手もいない。

仕事も精神的にも肉体的にも辛く、

朝の5時、始発電車に乗りながら家族が恋しくてホロホロと泣いていました。

仕事は辛かったですが、人が恋しくて帰りたくないと毎日思っていました (笑)

 

出発までは、少しの寂しさはありましたが、

期待や楽しみという感情が勝っていました。

空港での搭乗手続き後、保安検査場を通るまでに1時間近くかかってしまい

出発ギリギリにダッシュで乗り込む。

なんてハプニングもあったため、感傷に浸る余裕もありませんでした。

無事に到着できるだろうか。入国は不備なくでできるだろうか。

タクシーでボッタクリに合わないだろうか。ホテルは、チェックインできるだろうか・・・

機内で私は、そんな不安に囚われていました。(映画はしっかり楽しみましたが)

 

 

 

タイに到着し、入国を済ませタクシーに乗る・・・

ホテルのチェックインを済ませ部屋に入り、ドアの鍵を閉めた瞬間。

 

 

とてつもなく大きな不安が襲ってきました。

 

 

あぁ、私は日本に帰れないんだ。

旅行じゃないんだ。

もう、ここに住むんだ。

この街に、私は住めるの?

言葉は何もわからない。

誰を頼ればいいの?

 

考えたらキリがないほどの不安と焦り、

頭がグルグルして、地に足がついていない浮遊感を感じました。

 

緊張の糸が切れたから。

オフィスに行って、会社の人と会えば不安な気持ちはなくなる。

最初だから、こんな気持ちになるのは普通なんだ。

 

頭では理解していても、心が追いつきませんでした。

 

 

 

母親に電話をしようとも思いましたが、

心配させるんじゃないか、これ以上帰りたくなったらどうしようと考え

連絡できませんでした。

 

 

そんな時、私は思いっきり泣きました。

ホテルの部屋にこもって、声をあげてボロボロと泣きました。

 

そのまま、泣き疲れて眠れるだろうと・・・。

 

案の定、ぐっすり眠れました。

翌朝目は晴れていましたが、心なしかスッキリした気持ちになれてました。

 

変に感情を押し殺そうとすると、辛いだけなんだ。

感情のままに、泣けば楽になれるんだ。

 

そのことが分かっただけでも、不安が小さくなりました。

 

 

タイに来てまだ2週間弱ですが、

小さなホームシックは何度かありました。

その度に泣いています。

 

これから、この街に慣れて

仕事も忙しくなるとホームシックなんてならないんじゃないかな?

なんて期待しています。

 

 

きっと、定期的に寂しくなると思いますが、

その時は我慢せずに、家族に連絡して思いっきり泣こうと思います!

 

まさか、到着初日にホームシックになるなんて思ってもいませんでしたけどね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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สวัสดี ค่ะ^o^

こんにちは、久々の更新となります。

 

とうとう、微笑みの国タイに来てしまいました!!

いや〜暑いですが、カラっとした暑さ!

とってもいい気候で過ごし易いです^^

 

 

2016.12.2 

タイに到着して1週間と少しが過ぎました。

到着初日の夜、寂しくて胸が苦しくなったり、帰りたくなったりしましたが、

なんとか生きています。

 

実は、出発までの記事を準備していたのですが、

なんと前日にパソコンが壊れてしまいまして・・・

そのため、保存していた記事が消えてしまいましたTT

ダッシュで新しいのを買いに行って、セットアップして、荷物の確認して〜〜

本当にバタバタした時間を過ごしていました😂

 

出発〜到着〜部屋探し〜仕事始め〜

と、目が回るような時間を過ごしていましたが

ようやく落ち着いてきました。

 

そして今日、ようやくWi-Fi環境が整いました( ´ ▽ ` )嬉しい

ですので、これからポチポチ更新していこうと思います!

 

 

タイもブログも初心者ですが、日々の過ごしを振り返りなが

自身の楽しみにしていけたらなぁと思っています。

 

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今回は、表題の通り「国際免許証」を取得しに行ってきました。


私は、日本では毎日車に乗り、長距離運転も好きなのですが、

今の所はタイで運転をする予定はありません。


ですが、備えあれば憂いなし!

一応、国際免許を持っていこうと思います。


国際免許証については、他の方のブログなどで情報を得ることができるので

あえてこちらでの説明は省きます^^


無事に国際免許を取得することができたのですが、不安なのが

日本の免許更新!!


今回は、こちらについて書こうと思います。

(自身の覚書も含めて 汗)


・国際免許証の有効期限について

 国際免許の有効期限は、発給された日から起算して一年間になるます。

 申請した当日に発給されるので、その日から一年間ということになります。

 準備の都合もあり、出発日よりかなり早いタイミングで申請に行くと

 少しもったいない気もしますね(笑)

 

 国際免許の一年間は、日本での免許の有効期限内であることで効力を持ちます。

 つまり、国際免許の有効期限が残っていても、日本での免許の有効期限が切れてしまうと

 無効になってしまいます。




・海外在住時に日本の免許期限が切れたら

 もし、日本に居ない間に期限が切れて、更新もできなかたらどうなるか

 免許センターで尋ねたところ「非常に面倒なことになるねぇ」とのことでした。

 

 期限が切れてしまった際の手続き方法を聞くと

 「まず、切らさないようにする方法を教えるね」とのことでしたので、

 解決策より、予防策をまとめます。

 

 運転免許証の更新は、有効期限が切れる年の誕生日の、一ヶ月前〜一ヶ月後

 に更新手続きをしなければなりません。

 こちらは、皆様お馴染だと思います。

 もし、タイミングよくこの期間に帰国でもできればいいのですが、

 難しいこともあると思います。

 そういった時は、免許更新の時期を早めることができるそうです。

 

 私の場合、5月が誕生日なので4月〜6月の間に更新が必要になります。

 ですが、そのタイミングで帰国することが難しいと分かっていれば、

 それ以前でもできるとの事!知らなかった!!

 

 担当窓口のおじさん曰く、

 「期限が切れたら本当に面倒だから何が何でも切らさないように! 

 だから、切れた時の手続きは教えてあげない〜」と茶目っ気たっぷりに言われてしまし

 もし切れた時の対処が、現時点でわからないのですが・・・

 国内在住だけど「うっかり更新に行くのを忘れていた」という場合とは異なるんですかね?

 もし、ご存知の方がおられましたら、コメントお願いしますm(_ _)m



早速、期限が切れる前に手続きをしようと思ったのですが

私の免許証の有効期限は二年残っていたので、それまでに一度は帰国するだろうと今回はお預けとなりました。

残り一年を切ったタイミングで、帰国した際に更新をしようと思います( ^ω^ )



せっかくの一時帰国を、面倒な手続きやら、何やらで潰したくないですもんね!



 







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