弟は7つ下。
赤ちゃんの頃はぷくぷくで可愛かった。私が小学校一年の頃産まれたから、母に命じられて、オムツも替えてあげた。
父方の祖父はやっと産まれた長男の子、男の子である弟をとにかく可愛がった。どこへ行くのも連れて歩いた。
特に先祖のお墓参りには毎日のように散歩がてら連れて行っていたようだ。父方の祖父は私と姉には冷たかった。長男の最初の子が女の双子でガッカリしたそうだ。
昔むかしは双子を忌み嫌った時代もあるからなおさらだったらしい。

弟のことは別人のように可愛がった。
赤ん坊の頃から、社長の息子、跡取り息子とチヤホヤされていた弟だが、顔立ちもとにかく可愛かった。

学校ではいつも目立つ方。人気者。勉強もスポーツもできて、小学校の頃はモテモテだった。バレンタインのチョコも山ほどもらっていた。

息子の方が可愛いとはよく聞く話だ。息子は優しいとか。私も息子ができてその気持ちはわかる。
でも母の明らかな差別は子どもながらに、理不尽だと理解していた。幼い弟が庇護されるのはわかる。7つも違うのだから。
でもそれは永遠に続いたのだ。
母は弟には頭がいいとか褒め言葉を使っていたが、私には「チビデブブスと三拍子揃ってもう嫁には行けないから、一生我が家の奴隷だ。」「ニブイトロイ、気が利かない。ホントあったま悪いな!」と罵声ばかりだった。双子の姉は高3から病気だったので、その後はもちろん優しくされる側だ。それまでは私と一緒に殴られていた。

私は幼い頃入退院を繰り返していて、祖父母の家で育った。小2から父母と暮らし始めたが、その頃には私の居場所はなかった。叔母たちには私はあっちのうちの子と呼ばれていた。だから母にとって私は中途半端な子どもだったのだと思う。あとから来て、手のかかる病気の子。姉はすでに母の機嫌を取るのが上手くなっていた。

母は私でストレス解消していたのだろう。それを理解できるほど心の余裕はなかった。子どもだった。

弟は母だけは感謝していると言っていた。弟にとっては多分母はよく面倒を見てくれる肝っ玉母ちゃんみたいな存在なのだと思う。罵倒されたり、殴られたり、嫌な思い出がない。


今母は弟一家と一緒にいる。お嫁さんが限界らしい😅
申し訳ないと思うけど、手付かずの問題だ。

申し訳ない。今しばらくそのまま。
息子の病気、旦那の給料激減、もうどうにもならない。母とは暮らせない。


弟のこと