オレわ1990年9月13日に盛岡市の〇〇病院で生まれた生まれてすぐに親父わ出ていったらしいガーン
本当無責任な奴だ(笑)
オレわ小さい頃バスセンターの近くのマンションに母親と住んでいたらしいが記憶わない
記憶があるのわ地元でわ自殺の名所の川沿いにある
でかいマンションに母親と暮らしているころから
オレわ小さい頃本当に母が好きだったのを良く覚えている
オレわ外で遊ぶのが大好きでよく向かいの川へ母に連れて行ってもらった
オレわ母子家庭で親が水商売だったので小さい頃から託児所に預けられていたその託児所わかなり適当な託児所だったが当時夜子供を預けられるところわたいしてなかったので利用者わ多かったと思うこの託児所でわ色んな思い出がある
オレわ昔から寝付きが悪く託児所のオバサンを良く困らしたが可愛がられていた方でわあったかもしれないここの託児所でわ寝る時間になっても寝ない子にわひたすらビデオを見せた
そしてオバサンわおちつかなくなり愚痴をこぼす
ここらへんで大体大半の子達わ寝る、でもある日オレともう一人の子が寝なかった この日オレわオバサンがいつも俺達を急いで寝かそうとしていた意味を知る オバサンわいつまでも寝ろと言われても寝ない俺らを なんとパチンコ屋に連れて行ったのだ確か時間わ9時ちょい過ぎ岩手のパチ屋わ11時までだから多分2時間くらいしか打てないだろうと思う
今考えると本当適当というかいい加減な託児所だったと思うガーン
それと他にもここの託児所がいかにいい加減だったかという話しがある
ある日オレわいつも通り母に託児所の前に連れていかれた そこまでわいつも通りのオレの憂鬱な時間だがここからがちがうビックリマーク
託児所の前まで行くと他の母親達と子供がまだ居る
しかも外でなんか話している 話しによると託児所のオバサンが居ないみたいだ普通こんなコトわありえないんだろうけど
ここの託児所にわ不在の場合わ隣の家に預けるようにという決まりがあるらしいそんでとりあえずみんなで話してそこに今日わ預けようという話しになった
そんで俺等わ隣のジイさんの家に預けられる
そこからが問題だここのジイさんわ本当に厳しい人で騒がしくするとすぐ怒られただいたいそれでみんな静かになったけど俺わ普通にいつも通りへらへらしていたそうしたら このジジイわオレを叩き冷たい廊下に出しそこで叩きながら説教を始めたオレにわ父親が居なく大人の男の人に叩かれたり怒られたのわ始めてでオレわ凄く恐かったでも
いつも一緒に預けられていた子供達の前でデカイ声だして泣くのも謝るのも恥ずかしい
でも恐いし痛い
我慢したけどオレの目からわ涙が出てきた
なんかスゲーむかついてきたけど黙ってるしか出来なかった
オレわいつか絶対コイツをぶっ飛ばしてやろう
もっと強くなろうそう思った
オレわ今歌舞伎町に居る
もう絶対やらないと思っていた職業をしている
ホスト
やらないと思った理由わたくさんある
最下層の職業とか女の子に嫌われたりとかそういうのもあるけど
そんなコトよりこの仕事を通して色んな大切なものをなくしたから
大切な人と過ごす時間
自分の時間
健康な身体
色んなものをなくした
それでもまたこの仕事というより生き方をしている
理由わコレしかないってのもあるけど
オレが欲しかったもの全てを手に入れられるとおもっているから
母子家庭で金なくてロクに学校もいってなくて犯罪者で顔や首までタトゥー入っててそんなオレが昔欲しがっていた家族の時間や金や自由な時間
手に入れるためにわこれしかない
そう思った
昼土木やって将来少ない年金もらって過ごす
それもアリだけど
オレわそれなら全部なくす覚悟でホストやって金持って無店舗風俗でも経営してとりあえず金持っていい女探そうそう思った
ホストぐだぐだやって年とったらそれこそ先怖いし
実際オレの母さんが水商売しててそうだったけど
それでも可能性あるんだったら
オレわ全てなくす覚悟でやってやる