私の母はかっちゃんと言います。

かっちゃんは現在86歳 岐阜県生まれ 8人きょうだい(3姉 2兄 1弟 1妹)

 

お父さんは結核で働けないので、お母さんが内職をしていたり、持っていた土地を売ったりして生計をたてていたようです。

 

かっちゃんは自由気ままな性格なのか、良くお母さんに怒られて、バットを持ったお母さんに追いかけられたという話をしてくれました。

 

歳の離れたお姉さんたちが生計を助けてくれたり、自分のことは自分で選んだりしてきたようです。

 

 

夜間高校に行きながら働いて、成績は優秀だったそうです、自称笑

 

そのおかげで、東京にある短大に推薦で入学できたとのこと。

 

 

かっちゃんは夜勤のある仕事で体調を崩しやすくなり悩んでいた時に知り合いから保母になることを勧められたそうです。

 

 

行動力のあるかっちゃんは夜勤のある仕事の退職金と足りない分は歳の離れたお姉さんに学費とピアノ代を出してもらいました。

 

 

26歳で短大に入学して、それまで習ったことのないピアノを始めたり、下宿代は節約するために3人で家を借りたり、周りはお嬢様のようなほとんど18歳の女子の中で頑張って勉強にバイトに精を出し2年間を過ごしたとのこと。

 

 

東京都の職員になり、区内の保育園に勤務、2年後に結婚。

そして、私、あすみんが産まれました。

 

その頃は育児休暇はなく、私を産んで3ヵ月で職場復帰、結構、つらかったと思います。

 

あすみんは0歳ですから、預かってくれる保育園や保育園にお迎えに行ってくれる人を探して、大変だったようです。

 

夫は市議会議員で、その頃の時代の市議会議員だからなのか時間はあったようで、完全に他人任せというわけでもなく、娘の面倒は見てくれたようです。

 

ここまで話していてなんですが、夫と結婚した理由は結婚しても仕事を続けさせてくれる男性だと思ったからとのこと。

 

かっちゃんの思った通りの人ですね、かっちゃんが仕事を続けることを夫は率先して助けてくれたようです。

 

かっちゃんは昔から人を使うことがとても上手なようです。今も私はうまく使われています笑賢いとも言えますね。

 

かっちゃんが補聴器を使えるようになるために、私を使いました。

 

まあ、一度目は、孫に手伝ってもらって1年ほど前、自宅近所の耳鼻科に行って、片耳だけ入れて、入れたときは調子が良かったらしいですが、寝る時に補聴器を外したらガーンと音がしたかと思うと、頭痛がひどくなって調子がそれから悪くなったそうです。

 

調子が悪くなり、トラウマのようになっても、再度、補聴器を入れてみようとしたことはたいそう勇気が必要だったろうなと思いました。

 

かっちゃんは耳についての本を新聞で見つけて、その本の著者である医師のもとへ行きたいとのこと、その思いを尊重して、私は使われることにしました。

 

今は毎日のように両耳に補聴器をつけて、頭痛、耳鳴りは軽減したそうです。

 

何より良かったです。

 

それではまたラブラブ