先週の話。
遠くの空に、大きな入道雲を見た。
きれいな青空の下に、もくもくと真っ白な雲が
いびつな三角の形をして広がっていた。
どこか懐かしくて、夏の風物詩のようなそんな情景がすごくわたしの心を動かした。
「わたしは、この景色が好き。」
ぽつりと呟いた。
そう認めたとき、なぜか涙が出た。
悲しいでもなく、嬉しいでもなく
なんの感情の涙か名前が分からない。
ただポロポロと勝手に流れていく。
わたしは子どもの頃からとても複雑な環境で育っている。
家族は祖母と未婚でわたしを産んだ母と3人暮らし。
母は中学生の頃から統合失調症で入退院を繰り返していたので
祖母が毎日働いていた。
暮らしはもちろん裕福ではない。
母が帰ってきたときは、いつもおかしな言動をしていた。
子どもながらに周りの人とは何か違うことは察しがついていた。
祖母も手を焼いていた。
わたしはいつの間にか、自分はしっかりしないといけない、周りに迷惑をかけないように、わがままを言わないように、そんなふうに生活をしていたのかもしれない。
親に甘えること、そんなことはもってのほか。
どんどん周りに劣等感や憧れを持つようにもなった。
可哀想な子と思われたくなかったので、わざとおちゃらけて明るく振る舞った。
そうした中で生きていたわたしは、
自分の好きなものや気持ちを選ぶより、
生活するためにはどちらを選ぶのが正解か?
どちらが失敗しないか?どちらが周りを困らせないか?を選ぶようになった。
そうして今も生きている。
今でも自分の好きなことが分からない。
何が好きで、どんな仕事がしたいのか。
今の仕事は、資格もあるし、このくらいなら自分でもできるかも?と言う思いで始めた。
いざ始めると、何か違くて自分には合わないと感じる。
仕事なんてそんなもの。
みんな好きなことを仕事にしたいと悩んでいるもの。
自分だけじゃない。
みんな我慢して生活するために仕事をしている。
ここで我慢できない人はどこに行ったって我慢できない。
そういうもの。
そして突発性難聴になった。
1週間ほど薬を飲んで、自宅療養して、今はほぼ完治まできている。
そして久しぶりに外に出て、入道雲を見た。
涙が出た。
わたしは、自分の心の声を全く無視をして過ごしてきたのだと
そう気付いた。
今好きなものを聞かれても、すぐには答えられない。
でも好きじゃないものは手放して
嫌なものからは離れて
好きなものを見つけたときは声に出して
それを認めてあげよう。
こらからは自分の心の声に耳を傾けよう。
自分を大切にしよう。
そう思った。