昨年永年続けていたGOOのブログが終了した。

  思えば15年以上我ながらよく続いたものだと一人感心していました。

 そのまま移行しようと思いながら…忘れてしまい。

 今回、「Ameba」に登録しました。

 

 ちょっと勝手が違うので、やりにくい。

 登録してからしばらくほっておいた。そろそろ年も変わり始めようかと

 思い。やっと腰を上げた次第。

 

 昨年の2月にコロナに。 その延長線上で「間質性肺炎」を患い50日間入院。

  なんとか少し回復~しかし、「酸素ボンベ」を傍に置いての不自由な毎日です。

 今迄のように「出来ること」が、「出来なくなる」

 これって考える以上にショックでした。

 あれからもうすぐ1年…。

 時間の経過が私を変えてきました。

 もうすぐ「84歳」

 世間で言えば~まぁ、長生きした方でしょう。

 残りの時間もそんなにあるわけなし、と言って、先のことはわからない。

 こうなりゃ、「なんとかなるさ!」の精神に切り替えた。

  寿命は天が決めること。

 

 そう、今の自分の身体と脳が動き、そこで「出来ること」を見つけて

 日々を愉しむこと! と行動開始です。

 

 酸素ボンベを傍に置いての生活ですから、「動き」に制限があり

 出かけるにも、遠出は酸素の容量によって当然鈍って来る。

 範囲が大いに狭まってしまったから、これもしょうがない。

 

 「動き」が少なくて済むもの

は~「読書」「絵画」「書」「料理」「おしゃべり」

 結構、できるものもある。

 少し、遠ざかっているものもあるが、この際だ、改めての挑戦だ。

 

 その中で、若い時からの「絵画」で

 最近読んだ1冊の中に面白いのを見つけた。

 

 「メトロポリタン美術館と警備員の私」という主人公パトリック・ブリングリー」の

 物語。

 彼は、この美術館の警備員を10年間勤め、その後は、美術館のツアーの案内人を。

 また、全国の美術館やその他の会場で講演を行っています。

  一人の警備員ではなく、仕事を通じて、絵画に堪能になり、既に専門家です。

 この務めの時間の中で、「名画」と「観客」とを眺め、会話してきた蓄積は

 専門家よりも…ある意味、肌に合った鑑識眼を身に着けたようです。

 

  30数年前に私もこのメトロポリタン美術館を訪れました。

 いまでも、その時の感動と感激は忘れません。

 その後、商売柄(旅行会社勤務)、多くの「美術館巡り」を経験し、今日老後の

 愉しみに思い出を残し、さらに、いままで地域の活動の中で、十分に役立てることも

 出来ました。

 そんな訳で、この本のページを捲る熱量もヒートアップした次第です。

 

  もう一度、メトロポリタン美術館に行く。

 もう思って、ページを追いかけ、彼(ブリングリー)の話を織り交ぜ、文中の一行を

 生かして、一緒に名画を鑑賞することにしませんか?

 

 すでに行かれて、感動を実感した方もおられることでしょう~。

 この美術館の作品は膨大な量です。

 1回や2回言ったくらいでは・・・計画して、お目当ての「作品」を鑑賞したとて

 まだまだ、ほんの一部なんですよ。

 

  彼の「作品に向ける眼」がどんなものか・・・

 

 「作品」も。観る人の観点、角度、時間、知識、そして熱量と想像力によって

 大いに違ってくるものです。

  これは当然なことで、鑑賞するに、「定義」はないと思っています。

 つまり、素直に絵と向き合って、どう感じるかです。

 

  そんな気持ちでさぁ、館内に入っていきましょう。

 

   その美術館の正面玄関がこれ。