いつもここから

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悲しくても 嬉しくても 辛くても

Amebaでブログを始めよう!

こんばんは。お元気ですか。



定期的にブログ書こうと決めてから早1ヶ月…

結局書かずに今に至っています。なかなか続いてないなー


若干話ズレますが、日々のことを振り返らない毎日を送っていると

同じことを繰り返してしまう気がします。

そういう意味でも、ブログなり日記なりで振り返る時間をもつことは大事だと思っております。


あとは実践あるのみ…!



というわけで最近考えたことを少し。






よくドキュメンタリーとかヒューマンドラマチックなTV番組やら書き物で

『〇〇ことができるのは人間だけである。』ってのを見かけます。


〇〇には、”笑う”とか”泣く”とかが入ってることが割かしありますね。



個人的には、〇〇の中には

”物事の意味を考える”

が入るんじゃないかと考えてます。


なんでこうなるんだろう?とか、これにはどういう意味があるんだろう?とか。




勝手な考えかもしれませんが、動物は嬉しい、悲しい等の喜怒哀楽の感情は持っていても

そういう感性は持ち合わせていないんじゃないかと思います。



肉食動物は、”なんで自分は肉しか食べないんだろう?”とか


求愛行動をとる動物は、”自分のこの行動にはどういう意味があるんだろう?”とか


そんなことを考えながら生きてはいないと思います。

ただ、本能やら感情の衝動に正直に生きているんだと…


自分にはそんな風に見えます。




今のところ自分は人間同士でしか意思疎通できないので、動物の本音は分かりかねますが

人間だけがやたらと物事の意味を考えてる気がします。



日常レベルから宇宙レベルまで、何かと意味を考えてしまいます。


それで、悩んだり、分かった(気になった)り、また悩んだりの繰り返しをしてます。




だからどうってわけじゃないですが、人間らしさってのはそこにあるんだと思います。

人との繋がりに意味を求めたり、自分の在り方に悩んだりするのは人間だから当たり前…


だって、にんげんだもの。


という相田みつを的なことをたまに考えてます。




少なくとも自分は意味を考えがちになります。良い面でも悪い面でも。


でも、意味じゃなく、なんとなく感じるもので行動することもあります。

そんなときは何か本能的なものが働いてるのかもなーと思い、考えるのやめます。






そんなことを考えつつ、昨日『猿の惑星:創世記』なる映画を観てきました。


内容は人為的に知性をもたされた猿とその猿を取り囲む人間との互いの捉え方について…


ものすごく端折るとそんな感じです。



映画の中では、メインの猿がどんどん知性つけていって

その過程で物事の意味を考えるようになったように感じました。



”自分はなんで人間とは違うのか?”とか

”なんで自分はこんな風に扱われるのか?”とか…



そうなると人間も動物も区別なくなるのかなーって悶々しながら帰路に着きました。



色々と考えさせられる良い映画でした。機会があれば是非ご覧ください。


あと、「NOー!!」ってのが個人的には良かったです。機会があればお探しください。