江戸三十三観音巡り。
前々からの疑問というか愚痴。
「なんで、近い場所から一筆書きでコースを作らないのか」問題。

例えば、6番目が上野で、7番目が湯島
8番目が文京区の向丘2丁目で、
9番目が同じく文京区の本駒込
10番目でもう一回文京区向丘2丁目に戻るのはご愛嬌として、
その後、文京区3か所、豊島区高田、早稲田、神楽坂、ときて
突然中野まで約8km、そこから信濃町に戻って8km
さらに中野の先に行って10kmで、港区戻って12km
ってどうなってるの?

ここから港区3か所回って、次が文京区?しかも向丘1丁目?
距離にして10kmしかもしかも前来た観音様のお寺から200m
そこから港区へ10km戻って6か所、、、。

今日行ったお寺さんで真相を教えてもらいました。
もともと江戸時代に三十三か所が決められたころには
それなりに近い場所をたどったコースになっていたのが
移転したり、廃寺になったりで抜け番になり
そこに観音様のあるお寺が名乗りを上げて加わったり
という事でした。

「その時に順番を振りなおすとか、、、」
なんて罰当たりなことは一切思っておりません。
そもそも観音様を巡る道すがら
自分の人生について振り返るってがね、乙でやんすね。

「でも、この一か月で四谷三丁目を何回と負ったことやら、、、」
なんてことも一切思っておりません。
だって、僕はもともと痩せようと思ってウォーキングをしているわけですから。

「足が痛いよう、、、まめができたよう」
なんて泣き言も言いませんよ。