内なる自分を癒すワークを行っています。

 

まず、一回目は、7か月前の自分が目の前に現れ、

無表情な両手をダランと下に向け、

私をみていました。

 

そっちに歩いていくから、大丈夫?

と私が尋ねてもなにも言いません。

 

私はゆっくり近づいて彼女の手を取りました。

とても、冷たい手。

今度は肩に触れてみました。

小刻みに震えていて、肩も腕の手もやはりとても冷たい。

 

私はゆっくり彼女を抱きしめました。

私は彼女の背中をさすりながら、言いました。

 

私はとめどなく涙があふれ、ひと時、

しゃくりあげていました。

 

ほんとうに地獄だったね。

よく生きていたよね。

偉かったよ

頑張ったよね。

大好きだよ。ありがとう。

頑張ってくれてありがとう。

 

私はこの言葉を彼女の背中をなでながら

何度もいいました。彼女に伝えました。

 

彼女と別れる時、また、来るよ

またね、と言って彼女の顔をみると

まだ無表情でした。

 

ただ、小さく手を振ってくれた。

 

私は彼女に何度も会って、伝えたい。

私はあなたの味方だと。。

 

過酷なユダヤ人狩りによって、一度は人生を失った

精神科医ビクトール・フランクル。

彼は家族と最愛の妻を収容所で亡くし、

終戦後、解放された人です。

 

一番有名な著書に「夜と霧」というものがあります。

その時代、ヒットラーが掲げた計画に「夜と霧作戦」

というものがありました。

夜と霧に紛れて、ユダヤ人を連れ去る作戦です。

 

彼の著書「夜と霧」は

収容所での地獄のような体験と喪失と

痛みと、その中に微かにみることができた

ほんの小さな希望の物語です。

 

地獄の中で、果たして希望をみることができるのでしょうか。

人間はそんなに強いものなのでしょうか。

 

時折、織り込まれる希望のエピソードは、胸をえぐるほどの

衝撃です。

 

私はフランクルに心からありがとうを言いたい。

この著書を後世に遺してくれたことを。

 

この「夜と霧」は、この悲しみの星に生きる私たちにとって、

人生観を覆すほどの光を放っています。

スピリチュアルの世界では、自分の人生を自分で決めて

生まれてきます。

親も自分で選び、天に戻るときも自ら決めてきます。

そして、出会う人も。

 

この3次元で重たい体をもっていて、幼少期から、さまざまな常識や

価値観を植え付けられ、ネガティブに思考に偏りやすい

私たちは信じがたいことが、宇宙には無限にあります。

 

それははるかに想像を超えています。

超意識と調和と愛、それを表現する言葉は、

この世界にはないようです。昨日、投稿した「ジェフオルソンの臨死体験」

をご覧になったら、よく理解できるとおもいます。

あと、「アニータ、ムジアーニ」ですね。こちらもよかったらご覧ください。

 

 

超意識で、私と天国にいる父や友人や最愛の人たちとつながっていると

信じています。

なぜなら、本当に出会ったからです。別れではない。

別れはないのです。

 

今、私と同じグリーフを体験されている世界中の人たち。

つらいでしょう

悲しいでしょう。

死にたくなりますよね。

なにをしていても、その人の面影がわいてきて、

最後の瞬間までフラッシュバックしますよね、

罪悪感は最悪ですよね。

 

でもね、私たちは繋がっています。

大切は人を亡くした私と、大切な人を亡くしたあなたはつながっています。

そして、天国や高次元とも、みんなつながっています。

私たちはひとつ。

 

私は、これは絶対信頼すべき、宇宙の法則だと思います

 

 

 

 

 

私はこのジェフオルソンの臨死体験のインタビュー形式の

画像を見て、とても深い感動を覚えました。

 

まるで一本の映画です。

 

約25年ほど前、

自分の一瞬の居眠り運転で最愛の妻タマラと一歳の息子グリフィンを

亡くしました。

ジャフ自身も片足は膝の上で切断され、

右手は付け根からはがれおちそうになっていて、

シートベルトの圧力によって腹部は破裂、腸が飛び出しているような

瀕死の状態でした。

 

そして、それからの様々な形での、神秘体験。

それは、たびたび起こりました。

体の痛み、罪悪感、喪失感に襲われる時に、

体から、離脱するエネルギー。

 

とにかく、見ていただきたい。和訳のものもあります。

時間的には50分くらい。とても感動的です。

映画をみるつもりで見ていただきたい。

 

宇宙について、神様について、そして死について、

たくさん、語られます。

 

私はとても安心しました。

悲しみに襲われた時に、必ず見ることにしています。

 

   死とは美しいもの。

 

 ジェフは言います。

 

2009年に天国に召されたマイケルジャクソンの

デンジャラスツアーをyoutubeでよく見ています。

 

7か月前に天国に召された私のパートナーが

マイケルジャクソンの熱狂的なファンだということも

あってマイケルと天界で出会ったらいいなという思いも

あって、よく見ています。

2時間以上のステージでのマイケルのパフォーマンスを見ていると

彼のそのエネルギーの大きさに圧倒されます。

 

まず、愛のエネルギーは言葉にできないほどのもの。

とても、神聖で、イエス様を思い出します。

命と引き換えのような愛です。

 

マイケルが早く召された理由がわかります。

こんなに全力で挑んでいる人は、やはり長くは生きられない。

 

私が失くした二人のパートナーも、目の前にあるものに

全力で集中していました。

真の意味で優しくて、毎日にベストを尽くしていました。

 

もういいよ、こっちに来て、ゆっくり、リラックスして

自由を満喫しなさいと、神様が

手を差し伸べてくれたのです。

 

そう考えると、少し、わたしも幸せを感じます。

 

 

 

今日、また、少し理解できたような気がしてることについて

書きます。

 

悲しみは毎秒毎秒あるます。

寂しさも付きまといます。

でも、それはエゴだと知っていたから、心の奥底で

この感情を怖れ、憎んでました。

 

でも、これも、私の一部なんだ、と一瞬かんじました。

大きな悲しみの大波が襲ってくることを恐れて、

自分にこれに立ち向かっていかなきゃならないと、

いつも、構えていました。

そのことに気づきました。

 

悲しみは消えないんだ、そうだよね。

私に、ありえないほどの幸せとと、善きものを与えた人だもの。

悲しみは消えないであたりまえだよね。

大丈夫だよ。。

 

って、自分を抱きしめてありがとうを言ってあげたら、

少し、リラックスした自分がいました。

 

 

 

 

高次元の存在から、ふっとおりてくるものは、

悲しみにばかりに支配されていると、ほとんど、

受け取れません。

瞑想中に、本当にいい感じの時、

テレパシーみたいに、言葉が聞こえてきます。

いや、言葉が浮かんでくる。。

いや、少し違います。

言葉にできないなあ。

 

自分の思考ではないとはっきりわかるものが、

高次元からのメッセージです。

 

何も証明ができないので、ほとんどの人は勘違いじゃないの、

とか、妄想?とか、思われるとおもいますが、

私はもう崖っぷちの一歩手前なので、自分が安心するもの、

緩めてくれるもの、愛をかんじるものは、全て信じます。

自分の感覚だけは信頼したいと思っています。

 

自分のことを「体を持たないエネルギーだけの存在」だと

イメージしていきなさい。

?????ですよね。

 

さらに、この言葉が追記?されました。

「愛だけの存在」とイメージしてみなさい。

 

めっちゃ、イメージして今日過ごしてみました。

悲しみが、少し、違うものに変化したような気がします。

そのうち、ぶり返しがきても、また、この言葉を思いだします。

 

いつもいつも、ありがとうございます。

たぶん、あのお方です。

 

2021年が終わるころ、

自分が自分のブログを開設するとは

思ってもいませんでした。

これっぽっちも思っていませんでした。

 

では、何故ブログを開設して、ほとんど毎日

更新しているのかと自分で自分にきいても

はっきりした答えは出てきません。

 

受け身ではない、能動的なアウトプットをもっと持ちたいと

思ったのかもしれません。

ボーっとしない時間がもっと欲しかったのかもしれません。

 

少し、

気持ちが整理できるかな、と思ったのかもしれません。

いや、それはちょっと違いますね。

 

気持ちの整理はまだまだできません。

ただ毎日の、感情や、または意識の変化、の

記録にしかすぎません。

まだまだね。。。。

 

人生は短いから、楽しもうと言っていた人。

 

自分はいつ死んでも悔いはないと言っていた人。

 

大丈夫、ひとつひとつずつ治していこうと言っていた人。

 

私にいっぱいの愛とありがとうを与えてくれた人たち。

 

 

生きていかなきゃ、ね。

出来たら、胸を張って、笑顔で、真に優しい人になって、

生きていきたい。

 

 

 

 

 

臨死体験とそれからの霊的活動で有名なアニータさん。

 

意識が体を離れたあとのことを、彼女は言います。

素晴らしく、アメージングで、

全ての、宇宙のしかも、謎がとけて、全てはひとつだと、感じたと。

怖れも無く、愛と調和に満ちた、世界だと。

 

この彼女の言葉は私たちグリーフ体験者にとって、

何より、欲しい言葉です。

グリーフのさなかにいる人は、その人への愛が深ければ深いほど

自分のことは後回しにして、先に逝った人の幸せを望みます。

私は、彼たちがこの世界にいたときの何百倍も幸せでいますようにと

祈ります。

 

この3次元は、とても困難な世界です。体という重たいものの中に

私たちのスピリットはあります。そして、思考というものももっています。

 

今の私にとって思考とは最もつらいものです。頭のスイッチをオフにできたら

どんなにいいだろうと思います。

 

2度目のグリーフからものすぐ7か月です。長かった。私にとっては。

断片的にしか覚えてなく、記憶がほとんどありません。

 

がんばらないで、とよく言われますが。頑張らないと呼吸しかできません。

頑張って、息をして、なるべく笑顔で、人前にでます。

 

そして、頑張っている自分に対して、愛を与えます。

ありがとう、と、頑張ってるね、偉いね。と

 

はやく、時が経ってくれて、年を早くとりたい。

と、思考で私は望んでいます。

(最近、ぶり返しています)

 

 

 

 

 

今、神様が私に問いかけるとします。

 

あなたが、なおる見込みのない痛みの激しい病気で死ぬのと

彼が天に召されること、

さあ、あなたはどちらを選びますか?

 

私は迷わず前者を選びます。

 

喪失の痛みは、この人生で起こる最大の痛みで、

その痛みは、終わることはありません。

 

日にち薬といいますが、それは半分あたっていますが、

半分は、方便です。

 

人生で心から愛する人に出会えて、あなたは幸せ者だという

友人もいます。

 

それも、半分はその通りで、半分は方便です。

 

画家のモジリアーニは若くして突然亡くなりましたが、

その直後に、妻のジャンヌは部屋から飛び降り、亡くなりました。

 

私もそうしたかった。本当は。その行動は私にとって、容易なことです。

 

彼が不在の人生は、空しい。

 

故人を本当に心から愛した人しか、体験できない、空しさ。

 

毎秒毎秒、心を締め付けてきます。

でも、私は負けない、そう決めたんです。

 

だから、呼吸をすることを

自分を緩めることを、優先しています。

 

真の意味で善き人間になりたい。そう、思います。