もう少しで祖父が亡くなってから一年
去年の10/2の夜から病院に泊まらせてもらっていた。
ご家族で過ごしてください。と個室の隅に布団をおいていただいた。
「気になる事があったらすぐ呼んでください」と看護師さんが言ってくださった。
10/2は兄がたしか日中ずっとそばについて居た
「仕事行かなきゃなんじゃないの」と言われてもギリギリまでそばに居た
私はずっと夕方から祖父の左側に座っていた。手を握るのも怖かった
その頃にはまだ意識があったっけな・・・
夜中にはいとこ達が病室にきてちょっとにぎやかになった
「これが最後になるかもしれない」ってみんな思っていた
みんなその場から離れられなかった
明日仕事なんだから寝なさいと母に言われて仮眠
起きてじいちゃんの顔見たら
「これが最後になるかもしれない」そう思ったら行けなかった
そこからはすごく長く感じた。
呼吸が弱くなっていくのが分かった
口が閉じなくなって痰を出すことも難しくなって
「カツン・・・カツン・・・」って喉から音がしていた
酸素の濃度を測るの機械をずっと見てた
ちょっとでも下がったら不安になった
でも「いやだ。いやだ。」しか思えなかった
その時に本当はもっと伝えればよかったのかもしれない
居なくなってしまうことが怖かった
私が「ありがとうね」なんて伝えた時にはそのままぽっくり行ってしまうんじゃないかって
本気で思ってた
怖かった。言いたい事なんて思いつかなくて
起きている事を受け入れたくなくて途中おじいちゃんの顔を見るのもつらくなった
病室に居られなくて外に逃げ出した
母からはあんた何言ってるのって言われたけど
耐えられなかった。弱っていくじいちゃんに向き合えなかった
一回家に帰ってお風呂に入って大泣きした
母親と叔母の前では泣かない
じいちゃんの前では泣かないって決めてた
着替えて病院に戻った
駅前のセブンで親たちのコーヒーを買って戻った
あの時期どれだけのコーヒーを飲んだことか
また夜中にいとこ達が来た
一番上が「じゃあじいちゃん。また明日来るわ」って言ったのに
その4時間くらい後にじいちゃんは亡くなった
昨日まで病室に響いてた「カツン・・・」の音が弱くなって間隔があいていった
心電図が見えるような機械がついているわけじゃないから
数字で見えるわけじゃないのに明らかにもうこれが最後なんだって分かった
人が亡くなっていくときってこうなるんだって
なぜだか冷静に思えた
看護師さん達がいままで以上にバタバタしていた
叔母がずっと祖父の手を握っていた
母がずっと「お父さん、お父さん」って呼び掛けてた
私はおじいちゃんに触る事も出来なかった
握り返してくれないその手を握れなかった
手を出しても触れる前に戻してしまった
「先生、呼んできますね」って看護師さんに言われて
たしかようやく一歩近づいて祖父の顔を見た気がする
邪魔になっちゃいけないと思って離れていた気がする
先生が来てドラマみたいに腕時計を見て時間を読み上げた
最後の最後まで家族の時間を取ってくださった病院には本当に感謝をしている
私はいまだに祖父の写真に対してだとしてもありがとうを伝えられない
いまだに大好きだしいつでも会えるんじゃないかと思っている自分がいる
ただ会いに行ってないだけでおじいちゃんの家にはおじいちゃんがいて
まーたテレビ見たりしてるんじゃないかって思ってる
「おぉよく来たね」といつでも迎えてくれるんじゃないかって思ってる
おばあちゃんに会いに行ってめんどくさがられてるんじゃないかって思ってる
もっとおじいちゃんの話を聞きたかった
会いたい
もっとおじいちゃんと過ごしたかった
一年なんてあっという間に過ぎた
何も変わってない
何も受け入れられていない
私は、おじいちゃんとの想い出
おじいちゃんへの想いで出来上がりすぎている