10v810v8さんのブログ

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鴉さんと私の元々の生活スタイルが余りに違いすぎるという事。

生活スタイルといっても仕事の時間帯といったものではなく、彼のギャンブル好きと私のギャンブル嫌い。及び極度の寂しがり屋という性格故に起こったすれ違いだ。

元々自由人...悪く言えばその日暮らしの遊び人だった彼と夜遊びもろくにした事のない私とでは日々の過ごし方楽しみ方が180度違ったと言っても過言ではない。
人付き合いは狭く深く。多人数でのドンチャン騒ぎも好まない私に対して、彼は個人の飲食店で店員さんと仲良くなったり趣味の麻雀で雀荘繋がりの麻雀仲間や飲み屋で意気投合した飲み友達などを動員してのバーベキューパーティーやカラオケ、麻雀オフを好んでやっていたような人だ。
人見知りでどちらかと言えば内向的な私からしたら何が楽しいのか分からない、むしろ疲れてしまうだけのような遊び方を好む人だった。
何度か誘われた事もあったが、私は喫茶店の常連メンバーの飲み会にすら出席した事がない。
明け方近くまで遊び倒し、車の中で仮眠をとってそのまま出勤...だなんて遊び方は私にしてみたらとても真似出来るものじゃなかった。元々体が弱く体力がない方だったせいもあると思う。

更に言えば仲間内の麻雀ならともかく、彼の好む雀荘での賭け麻雀は私にとって裏社会の遊びというか...まぁ到底良いものだと思えなかった。
唯一の趣味が麻雀だと公言する彼だが、私にとってそんな彼の[趣味]は到底受け入れられるものではなかったのだ。
ましてや彼の場合二時間三時間では終わらない。やるとなれば徹夜。もちろん朝帰りしてくれば次の日は昼過ぎまで寝ている。
勝手に人の家に転がりこんできて、人の時間をほぼ全て奪って置いて「満足してます。この生活に慣れてきたから徹夜で遊んで次の日は寝て過ごします。家の事は任せます」なんて冗談じゃないと思った。
鴉さんの世話に明け暮れて、寂しがり屋が一人じゃなくなって、二人でいるのが当たり前になって一人の過ごし方を忘れて。こんな状態で一人にされたら耐えられないと泣いた。
今更な話だが、同棲までにもっと時間を置けばまた違ったのかもしれない。
お互いの時間の使い方や行動パターンを親しく知る前に一緒に住み始めてしまった。
押し掛けてきた鴉さんに対して私が怒った事もあったし、自分の時間がとれない事にストレスも感じていた。けれど、私と一緒にいる事に心底幸せそうに微笑む鴉さんの笑顔にほだされたというか...その生活が当たり前になっていたのだ。
結婚して欲しい。子供を産んで欲しいという鴉さんに「落ち着け」と言いながら、私は決してそう言われる事が嫌じゃなかった。
必要とされる事に依存していたかもしれない。
それが、一晩いないというだけで何ともかもが怖くなった。
昔、初めて付き合った人が寝る前の電話で「愛しているよ」と言った次の日
、夜が明けたら突然その人に嫌われていた事を唐突に思い出した。
その彼の中で何が起こったのか、それは未だに分からない。けれど、一度私の中に渦を巻いた恐怖は容易に収まってはくれなかった。
理性的な部分でギャンブルを唯一の趣味とする人と結婚は出来ないと思っていた事もあった。
それら全てがまざりあって「麻雀をやめて欲しい」と言った私と彼の意見の対立は、なかなかお互いの妥協点を探すのが難しい問題だった。

麻雀を通じて彼が得たものというのは私には量りがたく、けれど彼も理性の部分では私の言い分を理解してもいた。

話し合いを重ね、彼が冷静になりたいからと帰ってこない夜もあった。
私は既に諦めはじめ、彼との関係を終わらせる覚悟すら決めていた。
麻雀か私との家庭か。
ギャンブルと天秤にかけられて捨てられるかもしれないという恐怖に、私は既に戦う事も努力する事も放棄していた。

結果だけを書けば、鴉さんは来年の12月で麻雀を辞める。
いくら仲間内とはいえ万単位のレートで賭博されていたのでは心配で家庭なんぞ持てない。更に言えば子供が出来た時、妊娠中から育児中にかけて夜中に家を空けられたりしては不安で仕方ない。ついでに私はギャンブルが嫌いだ。
諸々を天秤にかけ、話し合い、考えた結果、鴉さんは私との安定した家庭が欲しいと。
一時期「正直辞められる自信がない」と言っていた鴉さんであるから、私がこの言葉を信じ切れずにまた一悶着あったりもしたのだけれど。

とりあえずのところ、現状としては落ち着いてきている。
鴉さんが飲み会で一晩空けても平静でいられるくらいには。

私も徐々に鴉さんがいない一人の時間の過ごし方を思い出したり、鴉さんがいないと何も出来ないような状態は脱却せねばと思っている。
しかしそれはそれで「大丈夫?そのうち俺なんかいらない。一人の方が楽とか言い出さない?」と心配しているのだから、鴉さんは一体どうすれば安心するというのか。
ワガママも大概にしていただきたいものである。

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鴉さんがくれたもの。

鴉さんと付き合い始める前。
告白をお断りした後の話だが、鴉さんから初めてプレゼントを貰った。

どうしても渡したいものがあるから三分だけ時間を作って欲しいと言われ、妹達を送る合間に車で向かったとあるゲームセンターの駐車場。
現在は既に廃棄されている奇抜な服装で現れた鴉さんは、何故か両手にビニールの袋をぶらさげていた。しかも何やら細長い物が飛び出ている。

「はい、これあげる」

そう言って渡された[プレゼント]が、例えばアクセサリーであるとか服飾品であるとかはたまた高価な雑貨であるとか、そういったものであれば振った相手から何かを受けとるなんて事は絶対にしない。
だが、鴉さんに手渡されたビニール袋の中身は明らかに私一人の分とは思えない量の野菜だった。ちなみに飛び出していたのはふきとウドだった。

「.........渡したいものって、これ?」
「うん。食べて」

私が一瞬言葉に詰まったのも無理からぬ事だと思う。
好きな女性へのアプローチにちょっとしたプレゼント...というのはよく聞く話であるけれど、2つのビニール袋にどっさりと詰められたこの重量は明らかに田舎のお祖母ちゃんが孫の野菜不足を気にして野菜をたんまり送り付けてくるレベルの[プレゼント]だ。
予想の斜め上をいくにも程がある。

とりあえず礼を言って受け取ったが(だって突っぱねたとしても鴉さんは料理なんかしないだろうし、野菜に罪はない)下拵えをして冷凍なり冷蔵なりしなければ暑さ故にすぐ傷んでしまいそうな葉物ばかりであったから、正直な事を言ってしまえば面倒くさい事この上なかった。一日の用を足してから取りかかったら確実に夜中までかかる。

結局その野菜達(卵もあった)は全て美味しく頂いたが、あんなにも予想の斜め上をいくプレゼントは後にも先にもあれだけだ...と思いたい。

付き合う事が決まって一番に貰ったのは指輪だった。
といってもエンゲージリングだとかペアリングだとか、付き合い始めてすぐ貰うには多少気持ちが重すぎるようなものではなく、昨今流行りのパワーストーンのついた可愛らしいファッションリングだ。
惚れた欲目というか恋は盲目というか、鴉さんが思っている程モテないのが悲しい現実である私に「お願いだから虫除けに付けてて」と左手の薬指を指して懇願するように眉を下げていた鴉さんはとても可愛かった。
その後も「似合うと思って」と言っては服を買ってくれたり、いつもめがねを無造作に置きっぱなしの私用にと眼鏡置きになるケースを買ってきてくれたり。
寒くなり始めてからは土鍋やルームソックス、鍋掴みにペアカップ、ペアのレンゲ。
喧嘩をした翌日、未だぎこちないまま少し付き合ってと言われ待ち合わせた仕事帰り。今日の家事はお休み。いつもありがとう、と美味しいケーキ屋さんに連れて行ってくれた。
私が親との関係で落ち込んでいた日の翌日、仕事から帰ってきた鴉さんの手にはケーキが4つ入ったボックスが。

そういえば出産のため入院していた妹の見舞いに行っていた私を呼び出し、妹夫婦と私の分のケーキを渡してくれた事もあった。
爬虫類をこよなく愛する末の妹の誕生日には三人で熱帯園に行き、その足で近くの硝子工房に行って妹に蜻蛉玉を作らせてくれたりもした。

昨日は諸々の問題について考えすぎた挙げ句胃痛で体調不良の私を近所の焼肉屋に連れて行ってサムゲタンを食べさせてくれた。
薬膳料理で、なおかつ私が好きだと言っていたのを覚えていてくれたのだと思う。

鴉さんに貰ったものは数え切れない。
物という意味ではなく、私が自分の意見を言えるようになりつつあるという事だとか、明かりを灯して誰かの帰りを待つ事の出来る喜びであるとか、誰かに必要とされる安心感であるとか。

この毎日与えられる優しさを当たり前のものと過信してしまわないように、ちゃんと毎日ありがとうと言葉にするようにしたい。
鴉さんから「いつもありがとう」を貰うばかりじゃなく。


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変わった事。

7月1日の真夜中。正確に言えば24時を少しまわっていたので2日かもしれない。それから現在に至るまでお付き合いをしているワケで、その過程では前記事にあったような喧嘩もあったワケで、それでも別れるに至らず今関係が継続しているのは鴉さんが決して短絡的にならず、私の言い分を全て聞いた上で自分の言動と照らし合わせ、自分の非を認めるべきところは認め、私が改善すべき部分は優しく諭してお互いに不満もしこりも残らないように徹底的に話し合ってくれたくれた事によるところが大きい。
というのも、私にも自覚のある部分ではあるが、こと恋人同士の喧嘩においては致命的な事に、傷付く事を恐れる余り一定以上の負荷がかかった時点で、もしくは問題が自分のキャパシティを大きく超えてしまった時点で自暴自棄(あるいは投げやり)になってしまうという厄介な欠点が私にはある。
敢えて言い訳をすれば過去の踏襲を恐れる余りの行動で、未だ拭いきれないトラウマの一部といえばそうなのかもしれないが...まぁ所詮は言い訳に過ぎず、私が今後乗り越え改善しなければならない課題の一つである事になんら変わりはない。
これは過去の恋愛というよりは両親との関係によるところが大きいのだけれど、自分の意見を主張するという事を許されずに幼少期及び思春期を過ごしそのまま成人してしまった私にとって、自分の不満であるとか好むところであるとか、とにかく自分の意見を声高に主張するという事は最も不得手とするところであった。
ごく少数の付き合いの長い友人にすらようやく自己主張ができるようになってきたところである私が、徐々にとはいえ鴉さんに対して自分の意見をぶつける事が出来るようになった事は大きな進歩ではあるのだ。
例え多くの人にとっては当たり前の事でも、私には長い間許されなかった事であり、尚且つそれをした時点で失敗作、欠陥品の烙印を押し付けられた過去もある。どうせ分かって貰えないからという諦めというよりは自分の存在価値を踏みにじられる恐怖が大きく、なおのこと自分の思う所なぞ口に出せるものじゃなかった。
小難しい理屈を抜きにしたって「いらない」なんて言葉は聞きたくない。
母親の口からその言葉が吐き出された時の絶望感は、時を経て成人後に両親からの謝罪を受けた今も根強く私の根底にあって未だ薄れていない。

あの母の子である私だから、もしも将来自分が子供を持ったとしても同じ思いをさせてしまう可能性がある。ならば今後死ぬまで決して私は子供なんて産まない。育てない。そう決意した中学一年生のある日の事は、何故か二十代後半も残り僅かとなった今でもまざまざと思い出せる。
許すとか許さないとか、もうそんな二択で済むような問題ではなく、親という存在とその存在に私という個ではなく[自分達の娘]という役割でのみ愛されていたという事実が私にとってはひたすらに辛い事であったから。
今でも血縁における家族という枠組みの中にある絶対的な絆というものは私の理解の範疇を超えるものであり、それを求められる事に対しては苦痛と嫌悪しか感じない。

だいぶ話が逸れたが、とにもかくにも理解を求めるという点において酷く臆病な私に根気よく話し掛け、辿々しい言葉を理解しようと努め、話す事にすら恐怖していた私にとって、その内容が例え彼を責める内容であったとしても「壱ちゃんの事を俺に教えてくれてありがとう」と頭を撫でてくれた鴉さんの存在というものは酷く優しく安らげる場所だった。
鴉さんに対して自分の主張を出来るようになったのは、ひとえに彼が私へ示してくれた忍耐強さと[私]という一人の人間へ向けてくれた愛情のおかげだと思う。



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