真夜中のギター   (2) | 10go9

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 とは、全くポースの、一片の紙切れを持って、夜更けの街に佇んでいる。

『道路許可申請書』 それが、書類名。

 まだ社会機構もわからないくせに、『四谷警察署長殿』宛とは、いかめしい。

『場所または区間』新宿三丁目三十二番地。『使用目的』 街頭宣伝。

 それが尋問された時の、言い逃れ。

 僕のバイトは新宿サンドイッチマン。来る日も来る日も街角に佇み夜更けの風に吹かれていた。



 人生のるつぼ、欲望の掃き溜め、虚飾と逸楽の迷宮。

 そう呼ばれた日本一の歓楽街新宿歌舞伎町を皮切りに、やっと認められて専属になったのが、新宿通り伊勢丹前、和風喫茶『桂』だった。飢えと寒さをしのぐ、孤独で長い夜が続いた。



 そんなバイト帰りのある夜更け、ボロン、と、ギターの弾ける音を聞いた。

 帰り着いた学院前の公園からだった。僕はやや難聴で補聴器が拾った微かな音だった。街路樹越しに公園内の様子を伺ったけど、広い公園は人影もなく無表情だった。空耳かと思った。その時、またポロン、と、音が弾けた。



 こんな夜更けに、誰だろうと思った。

 後に続く静寂が見過ごせない何かを秘めている。その音色が帰るべき居場所を失った捨て猫を連想させた。大都会の片隅をさまよう自分に似ていると思った。

 捨ててはおけぬ!

 僕は意を決して真夜中の公園に踏み込んでみた。公園は森閑として、人の思惑など吸い取ってしまいそうな夜更けの気流が流れてた。僕は何か禁断の森へ吸い込まれていくような錯覚を覚えた。



 少年は心を病んでいた。

 彼が高校を中退したことも、家出したことも、自殺しかけたことも、そして今、彼がこの学院の寄宿室に身を寄せていることも、知っている。

「やぁ!」

 僕は挙手して、彼の持つ孤独に近づいた。

「遅かったですね」

 そこにさりがない労りを感じた。僕は、そらした彼の涙目を見なかったことにして、

「お金ないし、地下鉄代惜しいし、地下鉄に乗らないで歩いて帰ってきたから!」

 と、一寸おどけてみた。頓馬な現実を披瀝することで、彼を癒やしてやりたかった。

「あまに無理しないでね」

 彼は慎ましかった。一人夜と対峙し孤独を抱えた彼のベンチに、何故か人的な温もりが漂っている。彼の孤独の向こうに何故か聡明な宇宙感を感じた。



「何、弾いてたの?」

「い~ゃ、何も弾けないけど、一寸弄ってただけ」

 彼がはにかんだ。その柔和な顔立ちに人の心を汲み取る温かさと、豊かな感受性がちらっと覗いた。

「千賀かおる、知ってる?」

 初めて聞く名前だった。

「うぅン、知らない?」

 彼の持つ未知の領域に興味をそそられた。

「真夜中のギター、って、知らない?」

 彼の自発的問い掛けに、そして動く彼の心にも呼応してみたかった。それにこの夜更けだ。それにもそそのかされてみたかった。

「何だか、今みたいだなぁ~!」

 彼もそのことに気付いたらしくて、苦笑し、一寸口籠もった。



 夜更けに拾ったギターの音色。

 涙隠して彼に寄り添った、

    ♪ 真夜中のギター

  


 これは、捨ててはおけぬ!!

 そそのかされるものなら、

 彼からも、この夜更けからも、そそのかされてみたいと思った。