短編私小説。   

 雪子は私との情事の時、ある匂いを発する。その匂いは自然に立ち上がってくるものではない人工的なものであることを私は嗅ぎ取った。その匂いは私の官能をそそり立てる。そしてその匂いは雪子のアパートの近くの研究室からのものであることが分る。

 けれど、今日の情事にはその彼女の匂いが出ないのだ。それは彼女が彼にわたしの存在がばれたため、不安のために気が入らないからだと言う。そしてその彼がわたしに怒鳴り込んでくると言うのだ。

目的は金である。にわかにわたしは雪子も仲間のようにも思う。しかし雪子の足の裏には彼から受けたと思われる虐待の跡がある。

 不意の出来事といえば、そうではない。前々から雪子にはやくざの彼がいると分っていたはずである。もしかしたら見つかるのではという不安は抱いていたはずであった。来るべきものが来たというものかもしれないのだ。

 そこから見えてくる彼女と彼の姿。そして自分の姿の退廃的な様子が描かれている。

 

 彼の作品を初めて読んだ。とても文章が柔らかく、分かりやすくて読みやすかった。また退廃的な中にもエロスがただよう甘くやわらかな官能的な世界に思わずとろけてしまいそうになる。独特の世界を感じる。

 ちょっとした出来事から見えてくる男女の性の姿。また男と女のというものの不可解さ。また話の全体的な軽さの中に少し無機的な寂しさも感じる。

 徐々に雪子に対して客観的にそして遠くに描かれていくラストシーン。人が恋から冷めていくのってこういう感じなのかとも思わされた気がした。

 いつかこうなるのじゃないかなあというぼんやりとした不安。でもまだ大丈夫だろうと考えて、先延ばしにしていると、ある日突然

「えっ?」ということになることってわりに、日常的にあることではないだろうか?