4年前の19歳の時に自分の人生を決める選択があった。
名古屋に行って、フットサルを頑張ってみるのか、千葉でサッカーもしくはフットサルをやるのかを。
結局、千葉に残った、今思うと、誘惑に負けたこと、我慢できなかったこと、びびってしまったこと、その時に、選手として上を目指す事を辞めた。
チャンスを掴めないやつが、上ではやれないし、これから選手をやっても、中途半端になるって自分でそう判断したのだ。
それと同時に、心の支えになっていた友達、色々な物を失った。
残ったものは、なかったかな、名古屋のトライアウトで履いてたフットサルシューズも今はもうないし、唯一残ったものは、何だろうって感じ
この2年間、特に引退してすぐの時(当時20歳)は、寂しさと、もどかしさ、何もない自分への苛立ち等色々あった、でもこの時に、色々探し回った、今の自分に何が合ってるのか、っていうのをね。
指導は選手をやってたときも、やっていたので、指導は続けた(今でも継続中)
仕事も色々変えていった、けれども、気持ちは不安定だし、何をやっても上手く行かないし、自分は駄目なんだ共思った。唯一の楽しみは、毎週のようにある友達とフットサルをやることだった
その友達とは、今ではお互いのある程度の性格とか癖とかを知ってるくらい(笑)
それに腹割って話せる関係になった。
その当時20歳の時は駄目な自分を支えてくれて、いつも迷惑ばかりかけてたし、申し訳ないことまでしてしまってた。
でも、今一緒に遊んだりとか、サッカーとかをすることが出来るのも、信頼なんだろうね。
一番、不安定な時期に、ある2人の人に出会った。
一人は、今審判として一緒に活動してる人。
もう一人は、何て表現してあげよう煜結構歳が離れた友達淼
まぁ、色々探していて、とある物にはまった、それは審判との出会いだった、4級はずっと持っていたんだけど、3級を取れって周りから言われて、試験を受けてみて、最初に受けたときは、不合格だったけど、2回目で合格して、審判員としての人生を本格的にスタートした。
まぁ、3級取った当初は、吹く試合のレベルが上がって、ゲーム壊れるわ、周りからはブーイング言われるわで、嫌にもなった、でも今はそれが強みになってる。
今では、プリンスリーグの副審だとか、Jリーグの練習試合をやらせてもらったりとか、少しずつだけど大きい試合も任されるようになってきたり、全国の副審の依頼も来たときもあった、予定があっていけなかったけど、それが自信にもなってきた、そういった経験を指導の方で選手に伝えたいしね煜
今思うと、4年前の選択は間違いではなかったって段々思えるようになってきた。
一度人生失敗してるし、でもそれが強みになっているんだよね。
人生を0からやり直してみて、色々探し回って、何を見つけたのかはわからない、でも、大事な人と出会えたことは、俺にとって大きかった、今彼女はいないけど、焦らなくてもいいって思えるようになってる。一瞬あせったが焏
まぁ、これからも楽しくいくし、俺は人を裏切ってしまうこともあるけど、でも裏切ることをさせないって言ってくれた時は、すごく楽になった。
だから自分は今の自分を貫いて、この道を歩いていく。
名古屋に行って、フットサルを頑張ってみるのか、千葉でサッカーもしくはフットサルをやるのかを。
結局、千葉に残った、今思うと、誘惑に負けたこと、我慢できなかったこと、びびってしまったこと、その時に、選手として上を目指す事を辞めた。
チャンスを掴めないやつが、上ではやれないし、これから選手をやっても、中途半端になるって自分でそう判断したのだ。
それと同時に、心の支えになっていた友達、色々な物を失った。
残ったものは、なかったかな、名古屋のトライアウトで履いてたフットサルシューズも今はもうないし、唯一残ったものは、何だろうって感じ
この2年間、特に引退してすぐの時(当時20歳)は、寂しさと、もどかしさ、何もない自分への苛立ち等色々あった、でもこの時に、色々探し回った、今の自分に何が合ってるのか、っていうのをね。
指導は選手をやってたときも、やっていたので、指導は続けた(今でも継続中)
仕事も色々変えていった、けれども、気持ちは不安定だし、何をやっても上手く行かないし、自分は駄目なんだ共思った。唯一の楽しみは、毎週のようにある友達とフットサルをやることだった
その友達とは、今ではお互いのある程度の性格とか癖とかを知ってるくらい(笑)
それに腹割って話せる関係になった。
その当時20歳の時は駄目な自分を支えてくれて、いつも迷惑ばかりかけてたし、申し訳ないことまでしてしまってた。
でも、今一緒に遊んだりとか、サッカーとかをすることが出来るのも、信頼なんだろうね。
一番、不安定な時期に、ある2人の人に出会った。
一人は、今審判として一緒に活動してる人。
もう一人は、何て表現してあげよう煜結構歳が離れた友達淼
まぁ、色々探していて、とある物にはまった、それは審判との出会いだった、4級はずっと持っていたんだけど、3級を取れって周りから言われて、試験を受けてみて、最初に受けたときは、不合格だったけど、2回目で合格して、審判員としての人生を本格的にスタートした。
まぁ、3級取った当初は、吹く試合のレベルが上がって、ゲーム壊れるわ、周りからはブーイング言われるわで、嫌にもなった、でも今はそれが強みになってる。
今では、プリンスリーグの副審だとか、Jリーグの練習試合をやらせてもらったりとか、少しずつだけど大きい試合も任されるようになってきたり、全国の副審の依頼も来たときもあった、予定があっていけなかったけど、それが自信にもなってきた、そういった経験を指導の方で選手に伝えたいしね煜
今思うと、4年前の選択は間違いではなかったって段々思えるようになってきた。
一度人生失敗してるし、でもそれが強みになっているんだよね。
人生を0からやり直してみて、色々探し回って、何を見つけたのかはわからない、でも、大事な人と出会えたことは、俺にとって大きかった、今彼女はいないけど、焦らなくてもいいって思えるようになってる。一瞬あせったが焏
まぁ、これからも楽しくいくし、俺は人を裏切ってしまうこともあるけど、でも裏切ることをさせないって言ってくれた時は、すごく楽になった。
だから自分は今の自分を貫いて、この道を歩いていく。

