こんにちは。
春の嵐ですね。


唐突ですが、
物事が上手くいったときって
どういう時だっけなあ


と思い起こしてみました。



その昔、お稽古事といえば
女の子はピアノか習字。


私の少女時代も例外なく
この2つをやっていました。
特に好きだったわけでもなく
みんなやっているから
という流れで。


習字は行ったその場で
書けば良かったし
書いてさえいれば
定期的に昇級させてもらえる
仕組みがあったので
苦もなく続いていたけど


ピアノの方は練習が億劫で億劫で
かと言って練習しなければ
当然のことながら上手くならない


そんな調子だったために
なかなか上達しなくて
練習ができていないと
お稽古の部屋でレッスンできる
状態じゃないということで


3階建て先生の家の最上階に
練習部屋があって
よくそこで練習をさせられていました。



そんな練習嫌いな私でしたが
ある時、毎日、1日30分だけ
ピアノを触っていた時期がありました。


その時は、自分で、
いいから1日30分だけ
何も考えずに
練習しようと思っていました。


それまでは、練習面倒くさい
練習嫌だ、とイヤイヤ、ぐだぐだ
だったのですが、


何故か突如として
ピアノを練習する
という行動に、自分を沿わせていく
ことをしました。


自分の我を置いておいて
ピアノを弾くという世界に
自分を合わせていく
という感じでしょうか。


その時は何も辛くもなく
非常に淡々と30分だけ
ピアノを弾くという行為を
こなしていた感じで


全く頑張ったという気持ちも
ないのです。





その週のお稽古の日には
先生にたいそう褒められて


どうしてこんなに上手になったの?


と驚かれました。



不思議です。
全く頑張ったつもりもなく
淡々と30分だけ弾いていた
だけなのですから。



その後、また、私のさぼり癖は復活し
結局、ピアノはあまり上達しませんでしたが


あの時の感覚は忘れられません。



上手く言えませんが
すんなり何かを達成できる時には
肩の力が入るわけでもなく
自分というものが色濃くでるわけでもなく


その世界に自分を沿わせられた時
なのではないかと
思うようになりました。




例えば、今まで沢山の絵を
描いてきていますが
いい絵が描けた、と思えるときには


必ずと言っていいほど
自分が描いたと思えない
エッセンスが入っています。


どうだ、すごいだろう
と思えるようなことは全くなく


どうやって、その絵が描けたのか不思議
なのです。本当に。



上手く言えませんが
その世界の波動に自分を
合わせられた時に
ものごとは、すんなりと
進むのかな、と思っております。



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